今日のテーマはアラブ音楽です。
アラブ音楽とは、簡単に言えばアラビア語を話す国々で奏でられている音楽です。
地図で言うとこの辺。
トルコとイランはアラブ世界には含まれませんが、音楽的には影響しあっている点もあり非常に似ていて、親戚みたいな関係です。
歴史
まずは歴史を軽く説明すると、アラブ音楽の起源はシャーマンらしいです。
つまり、シャーマンがご神託をリズムに乗せて朗唱していたのです。
アラブ音楽には「歌がメインで楽器は補助的」「即興重視」などの特徴がありますが、それらは呪術起源であることが理由なのかもしれません。
7世紀にイスラム教が興ると、チャラチャラした音楽は禁止され、伝統的な曲や信仰のための音楽のみが奏でられるようになります。
アッバース朝時代(750年~1258年)には古代ギリシアの理論「古代ギリシア音楽 前編」が入り込み、調性や旋法の概念が確立します。
ここで育まれた理論の一部が、後にアンダルス経由でヨーロッパに逆輸入され、古典クラシック形成の一因となりました。
ペルシア音楽の影響で微分音を使い始めたのもこの時代らしいです。
さらに楽器の改良が成されたり、優れた演奏家を輩出して音楽家の地位が高くなったため、一般にこの時代はアラブ音楽の黄金期と言われます。
もしかしたら名曲も沢山生まれたのかもしれませんが、基本的にアラブ音楽は資料に乏しいため、当時どのような曲を奏でていたかはよく分かっていません。
16世紀に入ると、アラビア半島の一部や北アフリカはオスマン帝国の支配下となり、音楽もトルコ音楽の影響をかなり受けます。
また、オスマン帝国は東ヨーロッパの一部も支配していたことから「楽譜」という文化を持っており、この時代以降の曲の一部は現代まで伝わっています。
19世紀、特に20世紀に入ると西洋文化がどんどん入り込み、日本人と同様に、一般のアラブ人にとって、伝統的アラブ音楽は縁遠い存在になってしまいました。
そんな中、1932年に第一回アラブ音楽国際会議が開催され、伝統的アラブ音楽の調性・旋法の体系化とともに、西洋音楽をどの程度受け入れるか(西洋楽器の使用・和声など)の議論が成されました。
また、口伝によって伝承されていた曲についても録音・楽譜化が進められました。
ただし、冒頭で地図をご覧いただいたように、アラブ世界は非常に広大です。
一口にアラブ音楽と言っても地域によって特徴はバラバラで、完全に体系化することは出来ません。
以下で説明することも、全てのアラブ音楽に当てはまるわけではありませんのでご注意ください。
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旋法
アラブ音楽には物凄い数の旋法(マカーム)が存在します。
正確な数は誰も把握していないようですが、よく使うものだけで30以上、マニアックなものも含めると100以上、歴史的に廃れたものなども含めると400以上はあるのではないかと言われています。ポケモンかwww
アラブ音楽では、4音(たまに5音や3音)のまとまりを単位として旋法を考えます。
勿論これは古代ギリシアのテトラコルド理論が由来となっています。
テトラコルドについて詳しく知りたい方はこちら「テトラコルド」をご覧ください。
この4音前後のまとまりのことを、アラブでは「ジンス」と言います。
テトラコルドの種類のことを古典ギリシア語で「ゲノス(genus)」と言いますが、それが訛ったものです。
主なジンスを見てみましょう。
(反対向きの♭は、4分の1音下げることを表しています)
これらを組み合わせて旋法を作成します。
主なものだけでもこれだけのジンスが存在し、また古代ギリシア理論とは違い、種類の異なるテトラコルドを組み合わせることも可能であるため、アラブ音楽には多くの旋法が存在するのです。
また、ジンスの組み合わせ方にも色々あって、最初のジンスと2番目のジンスが音を共有しないもの(乖離型)、最初のジンスの最後の音と2番目のジンスの最初の音が同じであるもの(連結型)、最初のジンスと2番目のジンスで2音を共有しているもの(介入型)があります。
例えば上譜例の3つの旋法は構成音が同じですが、使用されているジンスと、その連結方法が違います。
(私が適当に考えたものなので、本当にこのような旋法が存在するかは分かりません)
核音
では次に、ジンスやマカームの中身を詳しく見ていきましょう。
(本来「マカーム」とはもっと広い意味を持つ言葉らしいのですが、ここでは便宜上「旋法」という意味で使います)
ジンスの両端の音は「核音」と呼ばれ、旋律内によく登場します。
実際にはここまで極端ではありませんが、例えばラーストのジンスを用いた曲であれば、上のようにドとソを中心とした旋律になります。
(旋律は私が適当に考えたものです。以下、特に断りがない限り同様)
この上にG音から始まるラーストのジンスを乗せると、ラースト旋法が出来上がります。
この旋法を用いた曲中では、ド・ソ・ドの音がよく使われます。
これらの核音の中で、さらに終止音(基音)と主核音(支配音)と呼ばれる音がマカーム毎に存在します。
意味は西洋音楽のときと同じで、終止音は曲の最初や最後によく現れる音。主核音は曲全体を通してよく現れる音です。トニックとドミナントですね。
例えば上譜例は、上から順にラースト旋法、ラースト・カビール旋法、マーフール旋法という名前です。
マカームの構成音は3つとも同じですが、これらの旋法はそれぞれ主核音が異なります。赤矢印で示した音が主核音です。
ラースト旋法は最初のドが主核音ですが、ラースト・カビール旋法はソが主核音となっていますね。
つまり、ラースト旋法の曲ではドを中心に旋律を組み立てていくのに対し、ラースト・カビール旋法の曲ではソを中心として旋律を組み立てていきます。
すると、ラースト旋法の曲は低めの音域、ラースト・カビール旋法の曲は比較的高めの音域となり、構成音は同じでも曲の雰囲気は若干違ったものとなるのです。
(西洋音楽で言うと、正格旋法・変格旋法のような関係かもしれません)
一覧
主な旋法と、その主核音を見てみましょう。
(矢印が主核音。終止音は全て旋法の最初の音です)
すげー多いな…( ̄д ̄;)
先程紹介していないジンスもいくつか登場しますね。
繰り返しますが、これはあくまでアラブ世界のごく一部の地域(主に東側)で使われている旋法です。
よって、別の地域ではここでは紹介していない旋法が登場したり、名前が違ったり、フラットの向きが違ったり、そのようなことが余裕で起こるのでご注意ください。
特に西アラブ(マグリブ地方)では微分音を使わないらしいので、全く異なる旋法を使用しているはずです。
ちなみに、もちろんこれらの旋法を移調して使用することもあります。
しかし、西洋音楽のように曲のカラーなどを考慮してコロコロ変えるわけではなく、ボーカルや楽器の音域といった物理的な理由によって移調されることが多いようです。
微分音
普通の♭と反対向きの♭が併記されている場合、一般的には上行型の旋律のときに反対向きの♭を使い、下行型のときに普通の♭を使います。
例えば「ラ→シ♭→ド」という上行旋律があったとき、普通の♭よりも反対向きの♭のほうがド音への距離が近くなるため、上行しやすくなるということです。
ただし、今奏でられている旋律が上行型なのか下行型なのか、西洋音楽の感覚とはまた少し異なるので、なかなか判別が難しいところです。
ちなみに、便宜上「4分の1音」と言っておりますが、ピッタリ4分の1音変化させるわけではなく、そのときの状況によってさらに微調整をするようです。
反対向きの♭が付いているときだけでなく、下譜例のような旋律のときもミ♭を若干高めに、ファ#を若干低めに取るそうです。
これによって、ミ♭とファ#間は平均律では1.5音分の隔たりがありますが、アラブ音楽では1.25~1.4音程度になります。
西洋音楽に洗脳されている我々にとっては4分の1音でも難儀なのですが、トルコ音楽には何と9分の1音・9分の4音・9分の5音・9分の8音の#と♭が存在するらしいです。
絶対に判別できない自信があるwww
さて、まだまだ解説することが沢山あるのですが、ちょっと長くなってしまったので続きは後編で。
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