今日のテーマはドリア旋法です。
「ドリアンスケール」「ドリアンモード」「レの旋法」などと呼ばれることもあります。
ちなみに今回は「アドリブ時にどのコード上で使えるか」みたいな話ではなく、ドリア旋法の作曲についての解説です。
ドリア旋法とは、このように「ドレミファソラシド」をレから始めた旋法を指します。
上譜例はD音から始まるドリア旋法なので、これを「Dドリア旋法」もしくは「Dドリアンスケール」などと言います。
特徴
ドリア旋法をC音から始めると下のようになります。
長音階と比べて♭が2つ増えた形、短音階と比べると♭が1つ減った形です。
もしくは、長2度下のメジャーキーと同じ音階だと覚えてもいいですね。
つまりCドリアンはB♭メジャーをドから始めた形。GドリアンだったらFメジャーをソから始めた形、B♭ドリアンだったらA♭メジャーをシ♭から始めた形です。
Cマイナースケールのラの音は♭ですが、Cドリアンスケールではナチュラルですね。
よって、Cマイナースケール上のⅣの和音はFmですが、CドリアンスケールではFとなります。
Cマイナーの曲でFコードが使われた場合、これを「ドリアのⅣ」と呼びます。
ドリア旋法は教会旋法の一つです。
「教会旋法」という名の通り、グレゴリオ聖歌の旋律によく使われていました。
現在の音楽は長調・短調が主流ですが、中世ヨーロッパではむしろドリア旋法がメインでした。
ドリア旋法には面白い特徴があって、実は上行と下行で音程が同じなのです。
このように、どちらも「全半全全全半全」という音程で表すことが出来ます。
ホールトーンのような人工的な音階は置いといて、自然発生的なものの中ではこのような旋法はなかなかレアです。
キリスト教はシンメトリーが大好きですから、もしかしたらこの性質のためにドリア旋法が聖歌で多用されたのかもしれません。
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コード進行
以下、指定がない限り全てDドリアンで説明します。
コード理論と言えば和声法ですが、教会旋法とは和声法の概念が成立する前に主流だったもので、しかも和声法とは長調・短調のための規則みたいなものですから、それ以外の旋法にはあまり関係がありません。
教会旋法は、むしろ対位法「対位法 前編」と相性が良い。
よって、教会旋法で和声的な曲を作る場合、コード進行の規則は特にありません。
ただし注意点がいくつかあって、まず「G→C」という進行は使わないほうがいい。
これを使ってしまうと一瞬にして長音階に聞こえてしまいます。これはクラシックだけでなく、全ジャンルに共通です。
また、安易に7thやテンションを使用すると、トライトーンが発生したり、ドミナントモーションしたくなってしまうので、使わないほうが無難です。
さらに、Bm(♭5) も扱いが難しいので、これも慣れるまでは使わないほうが無難。
中世・ルネサンス風の曲を作るときは「Dm→Em→Dm」とか「Dm→G→F」とか「F→G→Dm」とか、現代人の感覚からすると気持ち悪くて仕方ありませんが、このような適当(?)なコード進行を使うとそれっぽくなります。
「C→Dm」という進行は一応使われますが、それほど多いわけではありません。
ではカデンツの段落はどのようになっているのかと言うと、昔は二重導音という独特の終止法が使われていました。
これが二重導音です。「ド#→レ」と「ソ#→ラ」という2つの半音進行が存在していますね。
15世紀、特に14世紀ぐらいまではこの終わり方が主流でした。現代人にはなかなか扱いにくい和音ですが、一応覚えておきましょう。
15~16世紀以降になると、我々に馴染み深い「A→Dm」という進行も使われるようになります。7thが使われるようになるのは17世紀頃からです。
一口に中世・ルネサンスと言っても何百年間もありますから、時代ごとに特徴は異なります。
先程少し触れましたが、教会旋法の全盛期は和声法の成立以前なので、前後は考えずにその場のメロディに合う和音を一つ一つ付けていったほうが中世ヨーロッパっぽい雰囲気になります。
例えば上のようなメロディだったら、
バスパートを設定して、
(怪しい部分が何箇所かありますね…)
このように内声も設定すればそれっぽくなります。一つ一つの和音は何も問題ありませんが、全体のコードの流れは違和感がありますね。
先程申し上げた「適当なコード進行を使うとそれっぽくなる」とはこういうことです。
メロディを修飾するとこんな感じ。
トニックとかドミナントという機能がほとんど働かないため、教会旋法の曲は起伏が作りにくい。
しかしその起伏のないハッキリしない感じが教会旋法っぽいのです。「EmからDmに行ったら気持ち悪いよなぁ」なんて考えずに、好きなように音符を置いていきましょう。
長調・短調に慣れきった我々には、それが難しいんですけどねw
使用例
まずは中世の曲からギヨーム・デュファイの「アヴェ・マリス・ステラ」をどうぞ。
Guillaume Dufay - Ave Maris Stella
画像は0分35秒あたりからの合唱部分。コードで表すのはちょっと厳しいですね…。
第一転回の和音がよく使われていますが、当時はこの和音が最先端でカッコ良かったのです。また、先程紹介した二重導音も使っています。
空虚5度(3rdの音がない和音)も独特の雰囲気があって良いですね。
近代の曲はなかなか分かりやすい例が無いのですが、とりあえずバルトークの「ルーマニア民俗舞曲」など。
Bartok Sz.56 Romanian Folk Dances (Complete)
1分11秒頃から始まる2曲目がドリアンです。1曲目も一部ドリアンですね。
ゲーム音楽
では、クラシックを離れて他のジャンルも見てみましょう。
ドリア旋法の曲は長調・短調の曲とはかなり印象が異なるため、異世界とか辺境の地を表現するためにアニメやゲームのBGMとしてもよく使われます。
私の世代は、ドリア旋法のゲーム音楽と言えばコレですね。
ドラクエ1のフィールドのBGM「広野を行く」
タイトルの通り、道路も民家もない広い大地を勇者が一人でトボトボと歩いている様子が浮かびますね。寂しい曲調ですが、短調ではないので暗さ・悲しさはありません。
この曲はこちら「広野を行く(ドラクエ)」で詳しく解説しています。
クロノトリガーの戦闘のテーマ。これは異世界っぽさは全くありませんけどw
『1-12 - 戦い』 CHRONO TRIGGER OST
FF9のオープニング「いつか帰るところ」
これもコードで表すのは厳しい…。
私はこのゲームをプレイしたときには既に音楽の知識が多少あったので、曲を聞いた瞬間に「ドリア旋法だ!!!」と思ったのをよく覚えていますw
アイルランド音楽
続いてアイルランド音楽です。
一般にはケルト音楽と言われてしまうジャンルですが、一部の曲でドリア旋法が使われています。
アイルランド民謡なのかどうかは分かりませんが、「スカボロー・フェア」もドリア旋法です。
スカボローフェア【訳詞付】 - Simon & Garfunkel
アイルランド民謡風の曲もアニメやゲームではよく使われますね。
アイルランド音楽はほとんどの曲が#1個か2個で書かれるので、ドリアならばAドリアかEドリアがよく見られます。
コードは本来は不要ですが、どうしても付けたい場合は簡単なものだけにするといい。
例えばEドリアだったら Em・G・A・D あたりで充分です。
詳細はこちら「アイルランド音楽」をご覧ください。
また、民族音楽風の雰囲気を出すだけならば、冒頭で紹介したドリアのⅣもオススメです。
「Dm→G→Dm→G」とか「Am→D→Am→D」という進行を使うだけで、普通の短調とはちょっと違うニュアンスになりますよ。
Ⅳの部分をG/D やD/A のようにして、ベース音を固定するのも格好良いですね。
ちなみに、ドリア旋法とは厳密にはクラシックやジャズ・ポップス系統の曲に対して使われる言葉なので、民族音楽の場合は「ドリア旋法」ではなく「レの旋法」と言う人もいます。
ブルース
Cドリアンの場合はミとシに♭が付きます。「ミとシに♭」とは、何かに似ていますね……
そう、ブルーススケールです!
例えばCブルースならば(主に)ミとシが♭になります。
よって、ブルースではドリアっぽい構成音のフレーズが登場することがあります。
しかしドリアのミ♭シ♭は固有音であるのに対し、ブルースのミ♭シ♭は臨時変化音だから、見た目は同じでも旋法としての性質は実は全く違います。
ブルースの元となった音楽がどのような旋法だったかは分かりませんが、少なくとも近代的なブルースとドリアは何も関係がない。
「ブルースのこのコード上ではドリアを使え!」などと言う人がたまにいますが、それは厳密には間違いです。
ジャズ
では最後にこれを解説して終わりにしましょう。
モードジャズというジャンルでは教会旋法が使われます。
モードジャズとは簡単に言えば「教会旋法の中のどれか一つを使って適当にアドリブしちゃおうぜ!」というコンセプトの音楽です。
今まで何度も説明しましたが、教会旋法の曲はトニックとかドミナントといった機能が長調・短調に比べて曖昧です。
もちろんDmがトニックでA7がドミナントなのは確定していますが、それ以外はハッキリしていません。
その性質を利用して、フワフワとした感覚に浸るのがモードジャズです。
ジャズにはテンションが付き物ですが、先程申し上げたように、7thやテンションを安易に使うとドミナントモーションしたくなってしまうので注意しましょう。
例えばG7のコードを弾くと、次にCに行きたくなってしまいます。この場合、sus4の形にするなどの工夫をする人もいます。
しかし、アドリブで弾いているときにいちいちこんなことを考えるのも大変ですよね。
というわけで、こういった和音を使ってみましょう。
つまりDmとかEmとか、普段聞き慣れた和音を使うから長調・短調のイメージに引っ張られてしまうわけです。
だから聞き慣れない形にすればいい。
代表的なのは4度堆積で、これだけで攻めても充分カッコイイ。
冒頭でお伝えしたように、短調とドリア旋法の違いは6番目の音が♭になっているか否かです。
この6番目の音(Dドリアではシ)のことを「特性音」とか「特徴音」と言います。英語では「Characteristic Note」です。
この特性音を早めに登場させることで、お客さんに「あ、短調じゃなくてドリアなのね」と分かってもらえます。
スケール外の音は使ってはいけないわけではないのですが、別の旋法に聞こえてしまう場合があるので、慣れるまでは止めたほうがいい。
例えばDドリアのシはナチュラルですが、これとド#を同時に使ってしまうと、ドリアではなく旋律短音階に聞こえてしまう場合があります。
モードジャズとはその名の通りモードを使用するジャズですが、一曲を通して一つの旋法で攻める例はなかなか有りません。
大抵は「この部分はドリアンで、この部分はフリジアンで…」と、コロコロ変わります。
そんな中、やはりマイルス・デイヴィスの「So What」は分かりやすい例ですね。
基本的にはずっとDドリアンです。途中E♭ドリアンも登場しますが、半音上がっただけなので簡単です。
テーマよりも、1分36秒頃からのアドリブ部分のほうがモード感が分かりやすいですよ。
コードは、テーマ部分は分かりやすいですが、アドリブ部分はコードネームで表記しにくい形も見られますね。これによって一層フワフワした感じが出ています。
今回の解説は以上です。
ところで、ドリア・ナポリタン・エビチリ・カツカレー。これらの料理の共通点は何でしょうか。