今日のテーマはインド音楽です。
冒頭から言い訳で恐縮ですが、インド音楽は実際にインド人に長期間弟子入りしないことには本質は理解できません。
しかし弟子入り経験どころか、インドに行ったことすらない私が頑張って調べられるだけ調べた結果を発表しますので、どうかお付き合いください。
特徴
まずはインド音楽の特徴について軽く説明します。
インドの文化は一般に南北で分かれており、音楽も北のヒンドゥスターニー音楽と、南のカルナータカ音楽に分かれています。
インド音楽は師匠から弟子へ狭いコミュニティ内で、下手すると一子相伝みたいな感じでドメスティックに受け継がれてきたため、インド音楽の細かい歴史はかなり近代(18世紀とか)にならないと分からない部分が多い。
ただ、北側は11世紀頃(特に14世紀頃)から18世紀までイスラム勢力に支配されており、イスラム系音楽の影響を強く受けています。
逆にインドから中東の一部の地域へ影響を与えたものもあるらしく……まぁともかく、お互いよく似ているということです。
一方、南は比較的昔ながらの形を保っていると言われています。
(言われているだけで、本当かどうかは分からん)
北の音楽は静かに始まり、徐々にヒートアップしていきます。
また、即興がメインです。
南は一定のリズムですが、静かであるとは限らず、曲によっては最初からそれなりに激しく、北のヒートアップ部分とそんなに変わらなかったりします。
即興メインではなく「出来上がった形式にどのような装飾をつけるか」という感じらしいのですが、途中で落とす部分やキメ的なものもあり、やはり出来上がっている感じが強い。
インドと言えばカースト制度ですが、これにより「この楽器はこの人しか使ってはいけない」みたいな面倒なルールもあるらしい。
また、インドは哲学も有名ですよね。
よって、音楽も宗教や哲学と密接な繋がりがあります。
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ラーガ
インド音楽は旋律とリズムが柱となっていますが、旋律を司るのがラーガです。
ラーガとは、一般に音階・旋法のような意味だと思われているようですが、実はそれだけではなく、もう少し広い意味を持っています。
ある本には「ある定まった音階あるいは音列、音列の順序、メロディーライン、休止のしかた、音色によって特徴づけられる旋律システム」と書かれています。
つまり、旋律パターンと言うかメロディと言うか…そういった意味も含んでいます。
ここに蛇足ながら私の解釈をまとめると、おそらく「旋法と、その様々な特徴や性質を適切に活用・装飾し奏でられた旋律」のような意味だと思います。
(私の解釈なので、細かい点は信用しなくて結構です)
ちなみに別の本には「我らの心を音によって一つの色調に染め上げることをラーガと呼ぶ」と書かれており、こっちはさっぱり意味が分からんw
ただ何が言いたいのかと言うと、音そのものだけでなく「奏でる音によって聞き手に何らかの感情を湧出させる」ということも重要なのです。
ただ、こちらは哲学的な要素がかなり大きいので、ここではあまり深入りはしません。
さて話を戻して、旋律システムという点からラーガを考えてみましょう。
単に音階・旋法という意味ではない点、やはりアラブ音楽の「マカーム」と似ていますね。
これはインド音楽に限ったことではありませんが、旋法には様々な特徴や性質があるため、それらを理解した上で正しく音を配置しなければ、その旋法を使っているとは言えません。
ではインド音楽における「旋法の特徴や性質」とは一体何なのか。
まずは音階の構成から勉強しましょう。
各音階は2つのテトラコルドで構成されます。
(ちなみにテトラコルドのことをアンガと言うらしい)
下のテトラコルドはドからファ。上はソからド。
この辺は西洋音楽と同じですね。
下のテトラコルドは両端(ドとファ)が固定で、この間に2音配置します。
すると ド#・レ・レ#・ミ の4音の中から2音選ぶわけですから6パターン。
上のテトラコルドもこれと同様に、両端(ソとド)を固定し、間に2音配置するので6パターン。
よってこれらを組み合わせると、6×6 で36パターンのスケールが出来ます。
しかしここにはファ#が含まれていませんね。
下のテトラコルドの最高音(ファ)をファ#に変えると、さらに36パターン作れます。
この72パターンが基本スケールとなります。
基本スケールの中から1〜2音抜くことで、派生スケールも作れます。
ただしこれは分類のために近年考案された理論で、理論上はこれにより34,848種類の音階が作れるらしいのですが、実際に使われるのは100種類程度と言われています。
スケールには5音・6音・7音のものがあり、それぞれアウダヴァ・シャーダヴァ・サンプールナと呼ばれます。
極端な例だと、3音とか4音のものもあるようです。
上行は5音だけど下行が6音とか、そういった変則的なものもあります。
また、主音のことをヴァーディー、属音(4度か5度)をサンヴァーディー、それ以外のスケール構成音をアヌヴァーディー、スケールに属さない音をヴィヴァーディーと言うそうです。
まぁ上記の専門用語は覚えなくてもいいと思いますが、次の階名は重要。
インド音楽は絶対音高ではないのですが、スケールを歌ったり説明したりする際に、ドレミではなく独自の階名を用います。
順番に Shadja Rishabha Gandhara Madhyama Panchama Dhaivata Nishada という名前で、略してSa Ri Ga Ma Pa Dha Niと呼ばれます。
(北と南で名前が少し違う)
つまりドレミファソラシドは「サリガマパダニサ」です。
この「サリガマパダニサ」が分かっていないとインド音楽の専門書や講義がチンプンカンプンになるので、呪文のようにブツブツ唱えて覚えてしまいましょう。
また、シュルティと呼ばれる微分音も存在し、下図のように1オクターブを22に分割します。
インド音楽では、これが人間にとって識別可能なギリギリの分割とされているらしい。
ただし◯は必ずしも等分されているわけではなく、またこれはあくまで理論上の話であり、実際にはあまり気にしていないそうです。
「半音より小さい幅で音を揺らすこともある」程度に考えておけばOKです。
装飾
さて、これでスケールの基本的なことは理解できましたね。
あとはこれを実際にどう使うかという話になります。
インド音楽で旋律を奏でる際に重要なのは「ガマカ」と呼ばれる装飾です。
例えば上の譜例はCメジャースケールの音を旋法の重力関係に従って並べただけですが、これだけでも西洋音楽のハ長調に聞こえます。
しかしインド音楽の場合はこれだけでは正しくラーガを奏でられているとは言えません。
(外部サイトからは視聴できないようですが、分かりやすい動画なのでお手数ですがyoutubeに飛んでご覧ください)
インド音楽では、音を伸ばす・短く切る・揺らす・滑らせる・ハンマリングオン・プリングオフなどの装飾を旋法上の音に施します。
例えば「ド→レ」と進行するときに、ハンマリングオンで移動するのか、スライドなのか、ドの音をチョーキングで揺らしてからレに行くのか、逆にレを揺らすのか、という具合です。
どの音にどんな装飾を施すかはラーガによってある程度決まっていますが、即興もあります。
また流派によっても異なるようです。
つまり、スケール上の音をただ弾くだけではなく、それをより一層美しくする(盛り上げる?)ための適切な装飾を施して提示する。
これが「ラーガを奏でる」ということなのです。
スケールやその重力関係が正しくても、何も装飾していなかったり、或いは野暮な装飾を施しては駄目なのです。
さて「ド→レ」のような単純な進行なら我々でもマスターできそうですが、当然ながら実際には「レミ」とか「ミファ」とか、或いは「ドレミー」とか「ミレドー」とか、無数のパターンが存在するわけです。
しかも「ドレ」の際のガマカをマスターしたからと言って、それを「ドレミ」とか「ドレミファ」のときの前半部分にそのまま使えるとは限らないのです。
こんなの一朝一夕にはマスター出来るわけがありません。
インド音楽の初心者は、先生から短い曲を少しずつ習ってラーガを一つ一つ覚えていきます。
ジョージ・ハリスンのシタールの先生でもあるラヴィ・シャンカル氏は「2つのラーガを習得するのに4年かかった」と言っています。
(ただし基本のラーガが分かれば、あとは自ずと分かるようになるそうです)
この「短い曲を習って少しずつラーガを覚えていく」というのが物凄く重要で、北インド音楽は即興主体と言われていますが、完全アドリブではなくパターン(メロディ片)の中から弾く感じだそうで、演奏家であり数学者でもあるカリヤーン・ムケルジー氏によると「本当に即興と言えるのは半分以下」とのことです。
しかしこのパターンも流派によってかなり異なる上に、秘伝であるため簡単には教えてもらえないらしい…
ちなみに北では、各ラーガは時間帯・季節・感情などと密接に結びついており、例えば春のラーガ・夏のラーガ・朝のラーガ・夕方のラーガなどがあるそうです。
(ただし演奏会の時間の都合や空調などの理由により、最近ではあまり気にしなくなってきたらしい)
どんなラーガを選択したか、或いはそれをどう料理するか、どんな装飾を施すか。
そういった点を聞き手に把握してもらうためにも、ラーガは分かりやすく演奏する必要があります。
よってインド音楽の旋律は、基本的にはスケール上を順次進行で上下動することとなります。(特に器楽曲の場合)
せいぜい3度、たまに4度や5度、6度以上になると歌でも器楽曲でもほぼ見られません。
(ただしフレーズの切れ目で跳躍することはあります)
転調(転ラーガ?)は全くないわけではないが、普通はありません。
またスケール外の音を使うのも、駄目というわけではありませんが、相当上手い人でないと変に聞こえてしまうそうです。
さて、まだまだ解説することはあるのですが、ちょっと長くなってしまったので続きは後編で。
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