音律とは、簡単に言えばチューニング方法のことです。
ドを基準として、レはどれくらいの高さか、ミはどれくらいの高さか、そういったことを決めたルールのことを音律と言います。
西洋音楽史的には「綺麗な和音を奏でたい」「自由に転調したい」というテーマで様々な音律が考案・改良されてきましたので、とりあえず今回はそれを追ってみましょう。
ピタゴラス音律
世界で最初…かどうかは分かりませんが、普段我々が使っているドレミの音階を理論的に整備したのは古代ギリシアのピタゴラスであるとされています。
「弦の長さを半分にするとオクターブ上の音が出る」とか「弦の長さを3分の2にすると5度上の音が出る」という法則をご存知ですか?
ピタゴラスは「2分の1」とか「3分の2」など、簡単な比で表すことが出来る音程は協和度が高いことを発見しました。
ピタゴラス音律では基準音(例えばC)から出発して、G→D→A→…と、弦長3分の2の比率で5度上の音を次々と取っていくことにより、12個の音を導き出しました。
これが現在の「オクターブは12音」に繋がっています。
詳しくはこちら「ピタゴラス音律」をご覧下さい。
しかしそんなピタゴラス音律にも弱点がありました。
異名同音のピッチが一致しないことと、3度の音があまり綺麗に響かないことです。(ピッチが一致しないなら異名同音じゃないだろ、という突っ込みは置いといて…)
そんな中、考え出されたのが純正律です。
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純正律
単旋律、あるいは5度や4度の和音しか使われなかった時代はピタゴラス音律でも全く問題なかったのですが、音楽の発展とともに3度の和音も使われるようになると、「純粋に協和する3度のピッチ」と「ピタゴラス音律の3度のピッチ」のズレが妙に気になるようになってしまいました。
そこで、スリーコードC・F・Gの3度音(ミ・ラ・シ)をピタゴラス音律よりもちょっと下げたものが純正律です。
詳しくはこちら「純正律」をご覧下さい。
しかし純正律にも弱点があります。いや、結構あります。
むしろ、スリーコードが綺麗に響くこと以外は全て弱点と言っても過言ではありません。
そこで考え出されたのが中全音律です。
中全音律
ピタゴラス音律のように「C→G→D→A→E」を3:2で取っていくと、E音に到達する頃にはCE間の3度が少し広くなってしまう。
よって純正律ではE音のピッチを少し下げたのでしたね。(A音とB音も下げたけど)
ここで、こんな意見が出ました。
「最初から5度音程を少しずつ狭く取って、E音に到達するときにピッタリ純正3度になるようにすりゃいいんじゃねぇの?」
お前、頭良すぎだろwww
純正律は特定の音だけを下げているので、音程がガタガタになってしまっていましたが、この方法によってその問題は解消されました。
しかし、またまた問題発生!
中全音律も基本はピタゴラス音律なので、一部の音に「ウルフの5度」が発生してしまうのです。
ウルフの5度とはピタゴラス5度よりも著しくズレた5度の和音のことで、その不協和音が狼の吠声に例えられたものです。
これにより、中全音律では#3つまで、♭2つまでの曲しか弾けないとされています。
詳しくはこちら「中全音律」をご覧下さい。
ウェル・テンペラメント
中全音律によって#3つまで、♭2つまでの曲は弾けるようになりましたが、調号がそれ以上ある曲は弾けません。
一曲弾くだけだったらその調を基準にチューニングすればいいだけなので問題ないのですが、曲の途中で転調したい場合はお手上げです。
ここで、頭の良い人再び。
「全部の5度を低く取るからウルフが発生するんでしょ? よく使う5度だけ低く取って、それ以外はピタゴラス5度のままにしておけば、異名同音のピッチが一致してウルフは消えるじゃん」
素晴らしい!
つまり、ピタゴラス音律では5度圏を一周したときに元の音を通り過ぎてしまうのですね。
それに対して、中全音律では5度を低く取ったために今度は元の音に届かない。
だから一部の5度だけ低く取りましょうということです。
ウェル・テンペラメントには、ヴェルクマイスター、キルンベルガーなど様々な調律法(考案者の名前)が存在しますが、それらは全てこれをテーマに発明されたものです。
これによって、調号の少ない曲は今まで通り、調号が多くてもまぁまぁ綺麗に弾くことができるようになったのです。
詳しくはこちら「ウェル・テンペラメント」をご覧下さい。
ちなみにバッハの「平均律クラヴィーア曲集」の原題は「Das Wohltemperierte Klavier」と言い、この「Wohltemperierte」とは「Well Tempered」で、つまりウェル・テンペラメントを指しており、「平均律」は誤訳であると言われています。
平均律
今までの歴史の流れを振り返ってみましょう。
ピタゴラス音律ではウルフが発生、及び3度が不協和。
→純正律で3度が協和。しかしDA間にウルフ。転調・借用が出来ず、大全音・小全音も発生。
→中全音律は5度を少しずつ低く取り、3度を協和させながら大全音・小全音を解消。しかしウルフは健在。調号が少なければ演奏可能。
→ウェル・テンペラメントで一部の5度を低く取り、残りはピタゴラス5度のまま。これによりウルフ解消。調号が多くてもまぁまぁ弾ける。
はい。つまり流れとしては、少しずつ(我慢できる範囲で)5度音程を崩し、その代わり3度を協和させる。且つ、ウルフが発生しないように調節することで自由に転調できるようにするということです。
しかし、究極の音律を求めて試行錯誤していた調律師や理論家に、ついに悪魔が囁きます。
「オクターブの全ての音を均等に分割しちゃえばいいじゃん」
こうして誕生したのが音楽界のフランケンシュタイン、平均律です。
詳しくはこちら「平均律」をご覧下さい。
書籍紹介
音律を勉強するにあたってオススメの本を紹介します。(あまり無いけどw)
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世間ではこの本が定番なようです。確かに新書なので簡潔で分かりやすい。ざっくりと学びたい方にはオススメ。
しかし「音律と音階の『歴史』」ではなく「音律と音階の『科学』」なので、倍音とかスペクトルとか、そっち系の説明にかなりのページを割いているのが、音律の仕組みを中心に勉強したい人にとっては残念。
東川清一「古楽の音律」は、著者独自の記号を使って解説するので分かりにくいものの、音律の歴史や仕組みが詳しく書かれています。
モノコードの分割法なども書かれており、かなりマニアック。
私はこの著者の考え方があまり好きではないのですが、この本だけは勉強になったw
一方、同じ著者の「音律論 ソルミゼーションの探究」は、前半は純正律について独自の記号をたいした説明も無しに使いまくって解説し、後半は階名唱法についてダラダラ語っているだけの本なので、タイトルに騙されて購入することのないようご注意願います。
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値段が笑えるので貼っておきます。平島達司「ゼロ・ビートの再発見」です。
一応申し上げておきますが、うっかり購入ボタンを押されてしまっても私は一切責任を負いませんw
このビートとはリズム単位のことではなく、2音を鳴らしたときの「唸り」という意味らしいです。
つまり、唸りのない綺麗な調律にしましょうよ、という主張の本です。
調律の理論についても歴史についてもまぁまぁ詳しく書かれていますが、決して分かりやすいわけではないのと、時系列があっちこっち前後するので、初心者の方はこれを読んでも理解できないと思われます。