続いては純正律について見てみましょう。
ピタゴラス音律では4度や5度音程は綺麗に響きます。単旋律、あるいは単純なオルガヌムを奏でるには適しているのですが、音楽の発展とともに徐々に3度音程も使われるようになると、ピタゴラス音律では合わなくなってしまいました。
そこで、ピタゴラス音律の「長3度が広い」という弱点を改良したものが純正律です。案そのものは紀元前から存在していたようですが、実際に使われたのは諸説あるものの15世紀頃のようです。
と言うことは、ピタゴラス音律は約2000年もの間、ヨーロッパで使われ続けていたということになりますね!
3度は協和音程だ!
長3度上の音は第5倍音と同じ音なので、元の音との比は5/4です。C音の周波数を「×5/4」したものをE音と定義してやれば、綺麗なCコードを奏でることが出来ます。
同様に、F音の周波数を「×5/4」してA音、G音の周波数を「×5/4」してB音(シ)を定義することによって、綺麗なスリーコードを奏でることが出来ます。
ちょっと試しにCコードを聞いてみましょう。
最初がピタゴラス音律のCコード。次が純正律のCコードです。違い、分かりますか?
ピタゴラス音律のCコードはドミソがそれぞれ主張し合っているのに対し、純正Cコードは完全にドが中心で、それをミとソが陰ながらサポートしているという感じですよね。
ピタゴラス音律の長3度は81/64(=1.2656…)でした。それに対して純正律の長3度は5/4(=1.25)です。簡単に言うと、純正律とはピタゴラス音律のE音・A音・B音を少し下げたバージョンなのです。
ちなみに、ピタゴラス音律の長3度と純正律の長3度のピッチの差は約21.5セント。半音の5分の1くらいですね。この差のことをシントニックコンマと言います。ピタゴラスコンマと似ているので注意しましょう。
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Dmは不協和音?
では、E音・A音・B音を下げたことによって一件落着か…と言うと、そうでもない。
なぜなら、A音が低くなったことによりD音との5度にズレが生じ、綺麗に響かなくなってしまったのです。DとAの5度がズレているので、DコードもDmコードも使えません。
最初がピタゴラス音律のDm、次が純正律のDm。かすかに「グワワワ~ン」と聞こえますね。例の「ウルフ」がここに登場するのです。
EmとAmは、偶然にもE音とB音、それからA音とE音が共に下がっているので、奇跡的に問題なく使えます。
それだけではありません。純正律では転調ができないのです。純正律はC・F・G・Am・Emコードは綺麗に響くのですが、それ以外は基本的にダメ。
まず先程言ったようにDとDmのコードが使えないので、ニ長調とニ短調には転調できません。DコードをⅤとして使うト長調とト短調にも行けません。D音を「×5/4」してF#音を定義した場合、そのF#音とB音は綺麗な5度にはならないため、BとBmコードも使えない。その他いろいろ。
このように、ダイアトニックコードを綺麗に響かせるための代償として、黒鍵部分がグチャグチャになってしまったのです。
例えばハ長調からト長調に転調する曲を純正律で弾こうと思ったら、ハ長調の純正律で調律したピアノと、ト長調の純正律で調律したピアノを用意しなければいけないのです。しかも使えるのはⅠ・Ⅳ・Ⅴ・Ⅲ・Ⅵだけw
階段がガタガタに…
困ったことはもう一つあります。
E音を下げたために、CD間とDE間の音程が均等ではなくなってしまったのです。A音も下げていますから、FG間とGA間も異なります。
CD間を大全音、DE間を小全音と言います。FG間は大全音、GA間は小全音、A音とB音は両方とも下げているのでAB間は大全音ですね。
このように、同じ全音なのに差が出来てしまい、音の階段がグチャグチャになってしまったのです。
アカペラの不思議
ここで小ネタを一つ。
アカペラで合唱するとき、各パートは上手くハモろうとして自然と純正律で歌います。すると不思議な現象が起こるのです。
例えば上のような曲を歌うとしましょう。計算しやすいように、最初のドを162Hzとします。
下パートの人は、ドと上手く協和しようとして自然と純正律の音、つまりドの6分の5倍の周波数の音を出します。計算すると 162×5/6=135Hz ですね。
次の小節では、上のパートの人が135Hzのラと上手く協和しようとして3分の4倍の音を出します。 135×4/3=180Hz です。
次は下のパートの人がレとハモろうとして3分の2倍の音を出します。180×2/3=120Hzです。
最後の小節、上パートがソとハモろうとして3分の4倍の音を出します。すると周波数は120×4/3=160Hzです。
あれ、最初のドは162Hzだったのに、最後のドは160Hzになってしまった!
これは、先程の大全音・小全音、それからウルフが原因です。
説明を簡単にするために、単旋律で考えてみましょう。下の譜例のように「ド→ラ→レ→ド」と進行してみましょう。
鍵盤上で考えれば、最初の短3度下行は「×5/6」、次の5度下行はウルフのため「×27/40」、最後の短7度上行は「×16/9」で、全部掛け算すると1になり、無事に最初の音に戻ってきます。
しかし「協和」という観点で考えた場合、最初の短3度下行は「×5/6」で一緒ですが、次の5度下行は「×2/3」になります。そして最後に短7度上行の「×16/9」をすると、答えは80/81になり、微妙に戻れなくなってしまうのです。
(厳密に言うと、短7度は定義が色々あるため、無事に戻れる場合もあります)
アカペラで合唱していると、曲が進行するにつれてピッチが徐々に下がってしまうという現象があります。それはこういった点も影響しているのです。
物凄く長い曲を歌ったら、1オクターブ下がってしまったりするのでしょうか。気になるところです。
ともかく、純正律にも色々とメリット・デメリットがありますね。これを解決するために考え出されたのが中全音律です。