前回までのあらすじ
時は世紀末、地球は核の炎に包まれた。富・名声・力、この世の全てを手に入れた伝説の調律師は言った。「俺の調律法か? 欲しけりゃくれてやる。探せぇ!」 男達は、全ての調を純正で奏でられる調律法を目指し夢を追い続ける。この次も、サービスサービスぅ~!
ヴェルクマイスター音律
まずは第一の男、ドイツ人のヴェルクマイスターさんが17世紀の終わり頃に考えた音律を紹介します。
第3・第4・第5・第6と様々なバージョンがありますが、一番有名なのは第3です。なぜ第1と第2が無くていきなり第3からなのかと言うと、新世紀エヴァンゲリオンのファンだったからです。
そのため、第3のことを第1、第4のことを第2などと言う場合もあって、非常にややこしい事態となっております。
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ピタゴラス音律の欠点は、3度が広いこと、それから5度圏を一周したときに異名同音のピッチが合わないことでしたね。
これを改良したのがヴェルクマイスター音律で、基本的にはピタゴラス音律のやり方で調律していくのですが、CG間・GD間・DA間・BF#間の4つの5度は、ピタゴラスコンマの4分の1(約5.9セント)だけ小さく取るのです。
4つの5度を4分の1ずつ小さく取ったわけですから、当然ながら全体としてはピタゴラスコンマはなくなり、異名同音のピッチが一致します。異名同音のピッチが一致すればウルフも消えます。
また、5度を少しずつ小さく取ったことにより、中全音律と同じ原理によって3度の音も純正に近くなり、「調号が少ない調はまぁまぁ綺麗。調号が多くても弾けなくはない」という感じになります。
E♭→B♭→F→C→G→D→A→E→B→F#→C#→G#
CコードとFコードの3度が最も綺麗。そこから左右に離れていくに従ってピッチがズレていきます。最も純正3度から離れているのはF#・C#・G#の各コードで、ピタゴラス3度と一致します。
厳密には、CとFの3度も「この中では比較的綺麗」というだけであって、純正3度よりは4セント程高いです。また、5度の幅が一定ではないので、大全音・小全音も再び発生します。
第4以降
それ以外の調律法も、基本プランは変わりません。つまり、どこを低く取ってウルフを回避するかが目的です。
第4はCG間・DA間・EB間・F#C#間・B♭F間の5つの5度をピタゴラスコンマの3分の1だけ小さく取り、その代わりG#D#間・E♭B♭間の2ヶ所を3分の1だけ広く取っています。
結果的には、純正律の響きを少しずつ妥協して、DA間のウルフを消したような形になっています。
第5はFC間・DA間・AE間・F#C#間・C#G#間の5つの5度をピタゴラスコンマの4分の1だけ小さく取り、その代わりG#D#間を4分の1だけ広く取ります。
5度圏の様々な場所を少しずつ狭めているので、現代で言う平均律に近い調律になっています。
第6は難しくてよく分からないのですが、とりあえずCG間・GD間・DA間・BF#間・F#C#間・B♭F間の6つの5度を狭く取り、G#D#間を広く取るようです。
キルンベルガー音律
同じくドイツのキルンベルガーさんが18世紀後半に考えた調律法で、こちらも第1・第2・第3というバリエーションが存在し、第3が有名です。
キルンベルガー第3は、基本的にはヴェルクマイスター第3と同じです。
ヴェルクマイスター第3は4つの5度をピタゴラスコンマの4分の1(約5.9セント)ずつ小さく取りましたが、キルンベルガー第3はCG間・GD間・DA間・AE間の4つの5度をシントニックコンマの4分の1(約5.4セント)ずつ小さく取ります。つまり中全音律とヴェルクマイスター第3の中間のような調律法ですね。
ピタゴラスコンマは約23.5セント、シントニックコンマは約21.5セントですから、異名同音、及びその周辺の5度には差し引き2セントの差が生じます。
この僅かに狭い5度はF#C#間に押し付けられますが、たった2セントですからウルフと言う程ではありません。
第1・第2
第1は純正律とほぼ同じです。純正律では黒鍵部分をどう調律するかはハッキリと定義されていなかったのですが、キルンベルガー第1はそれを明確に定義したというだけのことです。
第2も基本は純正律です。純正律ではDA間の5度にウルフが生じましたが、これを緩和するために、DA間とAE間でウルフを2分割してみたらどうか、というアイデアです。
(DA音が流れます)
私はそれほど気になりませんが、耳の良い人は気になるんじゃないかなぁ…。しかも2分割したことによってDmだけでなくAmコードまで使えなくなるという壊滅的状況。
この2つの駄目プランからの、第3の飛躍具合が凄いwww
ヴァロッティ音律
同じ頃、イタリア人のヴァロッティさんが考えた調律法。
これも基本はヴェルクマイスター第3と同じで、FC間・CG間・GD間・DA間・AE間・EB間の6つの5度を、ピタゴラスコンマの6分の1ずつ小さく取るものです。
ヤング音律
「ヤング率」で有名なトマス・ヤングも調律法を考えています。第1と第2が存在するのですが、第1はキルンベルガー第3と似ています。
キルンベルガー第3はCG間・GD間・DA間・AE間の4つの5度をシントニックコンマの4分の1(約5.4セント)ずつ小さく取りましたが、ヤング第1ではシントニックコンマの16分の3(約4セント)ずつ小さく取ります。
これによってCからEに到達するまでの間に3/16 ×4 = 12/16(=3/4)だけ狭くなり、結果的にCE間はシントニックコンマの4分の1だけ広くなります。
このまま残りの5度をピタゴラス5度で調律していくと、異名同音に約7.3セントの差が生じてしまうので、この約7.3セントをEB間・BF#間・B♭F間・FC間の4つの5度に均等に割り振ります。つまり、約1.8セントずつ狭く取ります。
先程説明したように、CE間は純正3度よりもシントニックコンマの4分の1だけ広い。これが一番狭い3度です。
D♭→A♭→E♭→B♭→F→C→G→D→A→E→B→F#
ヴェルクマイスター第3のときと同様、そこから左右に行くに従って3度音程が広くなっていきます。一番広いのはF#A#間で、純正3度よりもシントニックコンマ分広い。(つまりピタゴラス3度と一緒)
第2は、CG間・GD間・DA間・AE間・EB間・BF#間の6つの5度を、ピタゴラスコンマの6分の1ずつ小さく取ります。先程のヴァロッティ音律とほぼ一緒なので、「ヴァロッティ=ヤング音律」とも呼ばれます。
世の中には他にも様々な調律法があります。有名でないものや、資料・文献が残っていないものを含めればトンデモナイ種類の調律法が存在することでしょう。
しかし、基本的には今まで見てきたように「ピタゴラス音律の5度を少しずつ低く取ってウルフをなくし、自由な転調を可能にする」というのがテーマです。それに向かって皆努力していたのです。
そんな中、調律師や理論家の脳に悪魔が囁きかけます。
「オクターブの全ての音を均等に分割しちゃえばいいじゃん」