今回解説する曲は、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」です。
作曲は、2020年に惜しくも亡くなられた筒美京平先生です。
この曲、全く同じ構成の歌が4コーラス分続くので、演奏者側としてはどうやって各コーラスで変化をつけるべきなのか、非常に悩むところです。
名曲であるにも関わらず、そういった意味では私は物凄くやりたくない曲ですw
前半
歌詞は、上京する男と田舎に残るその彼女との対話形式になっています。
まずは彼氏の台詞からスタートです。
上行型の旋律で始まります。
基本的に音楽というものは、音が上昇すると盛り上がり、下がると落ち着いた印象を与えます。
つまりこの旋律は、彼氏のテンションが上がってウキウキしている様子を表現しています。
特に「旅立つ」と「贈りもの」の部分は跳躍しながらド#にまで達しており、もう上京する日が待ちきれないといった感じです。
ちなみにこのド#が歌の最高音となっています。
「はなやいだ街で君への贈りものを探すからね!」と張り切っている彼氏。
上手くいくといいですね。
ちょっと時系列が前後してしまいますが、彼氏パートと同様に、イントロも基本的に上行型の旋律で構成されています。
つまりイントロも彼氏目線で書かれているわけですが、しかし7小節目(頭から数えると8小節目)にCのコードが登場します。
Cコードは単体では明るい和音ですが、この調ではバークリー・メソッドで言うところの「トニックマイナー」の機能を持ち、暗い印象となります。
彼氏は能天気にウキウキしていますが、何となく不吉な予感がしますね…
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後半
話を戻しましょう。
後半部分は一転、彼女の台詞です。
ウキウキしている彼氏に対して、彼女は「いいえ、私は欲しいものはありません」とあっさり返します。
メロディも、先程の彼氏の上行型とは対照的に、下行型で書かれています。
彼氏パートの冒頭と彼女パートの冒頭を比べてみると、彼氏パートでは先程説明したように最高音がド#なのですが、彼女パートではラまでに留まっています。
この辺りからも、彼女が少し冷めているというか、冷静である様子が分かります。
なぜ彼女はこのような態度をとったのか。
それは次の歌詞を見れば分かります。
次は「ただ都会の絵の具に染まらないで帰って」となっており、つまり「プレゼントやステータスなんかよりも、素朴で優しい彼氏のままでいてくれるほうが嬉しい」ということだったのです。
この「ただ都会の絵の具に」の部分では、再度最高音であるド#に到達しますが、彼氏パートのような跳躍ではなく順次進行で到達しているため、ウキウキ感ではなく、単純に強調しているような形になっています。
さらに、ここでA7コードが登場。
彼氏パートでは音階上の音で構成されるシンプルな和音しか使われていなかったのですが、ここに来て(歌では)初めてノンダイアトニックコードが登場します。
その後もいくつかノンダイアトニックコードが使われます。
先程言ったように、音が上がると基本的に曲は盛り上がります。
また、今まで一切使っていなかったノンダイアトニックコードをここに来て多用することで、今までとは異なる起伏が生まれ、ドラマチックに聞こえます。
この2つの効果により、彼女の願いの強さが表現されると共に、ここが歌詞の中で最も重要であることが良く分かります。
最後はこの「染まらないで帰って」を2回繰り返すことで、ダチョウ倶楽部の「押すなよ! 押すなよ!」的なフリを披露して締めます。
その後
1〜3番でずっとすれ違いが続いていた二人ですが、彼氏は4番で「君を忘れて変わってく僕を許して」と言い、1番での彼女のフリに見事に答えます。
この曲が発売されたのは1975年。
私は生まれていないので分かりませんが、昔は今よりも都会と田舎の格差が大きかったそうです。
コンビニもショッピングモールもない。ゲームセンターもファミレスも遊園地もない。下手したら道路の舗装すらされていない。
そんな田舎からいきなり娯楽だらけの東京に出てきたら、毎日毎日楽しくて人間が変わってしまうのは何となく理解できますね。
それにしてもこの彼氏、東京にすっかり染まってしまってからはともかく、割と初期段階から彼女とすれ違っているようなので、田舎にいたとしても遅かれ早かれ別れていたような気がしますがw
ところで先程の「染まらないで帰って」ですが、この部分が繰り返されているのは、この曲が詞先で書かれているからです。
詞先でメロディを付ける場合、歌詞を変更するのはNGですが、繰り返すのはOKという謎ルールがあります。
個人的には、歌詞を繰り返すことで意味が微妙に変わってしまう場合もあると思うのですが、なぜかOKとされています。
(例えば「小さな家」と「小さな小さな家」では意味が微妙に違う。「まえだ」と「まえだまえだ」は意味が全然違う)
つまり、元々の歌詞は「探すつもりだ」「染まらないで帰って」だったのですが、おそらく筒美先生はピッタリ来るメロディが思い浮かばなかったのでしょう。
よって、これらの部分は「探す 探すつもりだ」「染まらないで帰って 染まらないで帰って」となったのです。
結果的に、ダチョウ倶楽部になってしまったということですw
さて、今回は「木綿のハンカチーフ」について解説いたしました。
ちなみに冒頭で「東へと向かう列車」と言っていることから、この彼氏の故郷は東京よりも西側であることが分かります。
てっきり私は、故郷は長野や岐阜の山奥あたりかと思っていたのですが、実はこの彼氏のモデルとなった人物の出身地は福岡だそうです。
福岡(の中心部)はけっこう都会だと思うのですが……