今日のテーマは倍音です。
音には、なぜかは分かりませんが倍音というものがくっ付いています。
例えば「あー」と言ったときに、その「あー」という音の周波数(振動数)が単独で鳴っているのではなく、オクターブ上の音や、12度(オクターブ+5度)上の音なども鳴っています。
私の声と貴方の声、あるいはピアノの音とギターの音などがそれぞれ違って聞こえるのは、この倍音の含まれ方が異なるからです。
また、言語の母音も同様です。
「あ」と言おうが「い」と言おうが、声帯から出る音は全部一緒のはずですが、口の中を変化させることによって倍音の含まれ方が変わります。
我々はそれを聞き取って母音の違いを認識しているのです。何か不思議ですね。
周波数n倍
では具体的に波形で見てみましょう。
ある周波数の正弦波を、縦軸に変位、横軸に時間をとってグラフを描くと次のようになります。
この音波に対して、周波数が2倍の音波は次のようなグラフになります。
(山や谷の数が2倍になっていますね)
3倍は次の通りです。
以下、4倍・5倍・6倍……と同様に続きますが、このように元の音波の整数倍(厳密に言うと自然数倍)の周波数をもつ音波のことを「倍音」と言い、周波数n倍の音を第n倍音と言います。
それに対して元の音波(周波数1倍の音)のことは「基音」と言います。
先程説明したように、世の中のだいたいの音には倍音が含まれています。
つまり、だいたいの音の波形は綺麗なサインカーブを描いているわけではなく、倍音それぞれが足し合わされた複雑な波形を成しています。
試しに、先程の基音の波形と第2倍音・第3倍音の波形を足し合わせてみましょう。
(第2倍音と第3倍音の振幅は半分にしています)
お、確かに楽器の音っぽい波形になりますね。
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フーリエ級数展開
先程のグラフをもう一度見てみましょう。
これは基音に周波数2倍・3倍の波を足したもの(倍音の振幅は基音の半分)ですから、式で表すと次のようになります。
つまり、これを無限大の倍音まで一般化すると次のようになりますね。
このように、ある(周期的な)関数を単純な三角関数の和で表したものをフーリエ級数展開と言います。
(実際のフーリエ級数展開の式はもっと複雑です…)
倍音列
基音の音高をドとすると、第2倍音は振動数が2倍なので、音高は基音に対してオクターブ上のドです。
第3倍音は振動数が3倍なので、音高は12度(オクターブ+5度)上のソです。
同様に、第4倍音以上の音高も導き出して、それを五線譜上に並べていくと次のようになります。
これを倍音列と言います。左から数えてn番目の音が第n倍音になっています。
ただし、これはあくまで平均律で表した場合の近似値なのでご注意ください。
これ以降はピッチの上昇幅が半音より狭くなってしまうため、五線譜上では表せません。
上音
実は、音には倍音以外、つまり基音の非整数倍の周波数をもつ音波も含まれています。
整数倍と非整数倍を全部まとめて「上音」と言います。
先程、楽器の音色の違いについて「倍音の含まれ方が異なる」と申し上げましたが、正確には「上音の含まれ方が異なる」と言うべきですね。
ただしこの上音という言葉は非整数倍のみを指す場合もあり、この辺りの用語はどれが正式あるいは一般的なのか、私もよく分かっていません。
楽音と噪音
基音のみの音を「純音」と言いますが、自然界にはそのような音は存在しません。
このように機械で作れば出せますが、厳密にはこれもスピーカーやその他外部環境の影響により、上音をほんの僅かながら含んでしまうそうです。
つまり世の中の全ての音は多かれ少なかれ何かしらの上音を含んでいるわけです。
その中でもピアノやバイオリンなど、一般に連想される楽器の音には倍音以外の上音はあまり含まれません。
このような音を「楽音」と言い、基音の周波数が音高として知覚されます。
(例の第3倍音まで足したグラフを音にしたもの。純音に比べれば多少楽器っぽい)
逆に、打楽器の音、車が走る音、水の音などは倍音以外の上音を多く含んでいます。
このような音を「噪音」と言い、音高はハッキリとは分かりません。
(701Hz 739Hz 769Hz 811Hzの音を足した例。今までの例に比べれば打楽器っぽい)
ティンパニは打楽器ですが、音高が分かります。
それは楽器の形を工夫して、倍音以外の上音成分を少なくしているためです。
もちろん楽音と噪音はハッキリ分けられるわけではなく、グラデーション的です。
西洋では整数倍の倍音を出す(倍音以外の上音をあまり出さない)音が好まれ、楽器もそのように改良されてきました。
ティンパニ以外の打楽器がつい最近までオーケストラで使われなかったのが良い例です。
逆にアジアやアフリカでは、倍音以外の上音も重要視されました。
日本では尺八の「ブォーッ」という音、三味線や琵琶の「ベンッ」という音、それから義太夫節や浪曲のガラガラ声などを想像して頂くと分かりやすいですね。
三味線の一の糸(一番低い弦)を弾くと、ノイズが聞こえます。
ギターでは「ビビリ」と言われ避けられる音ですが、三味線ではこの音を「サワリ」と言い、わざと出します。
このノイズが日本人にとっては堪らない「味」なのです。
インドのシタールでも同様の習慣があり、面白いことに名前を「ジャワリ」と言います。ロマンがありますね。
ハーモニクス
ギターのハーモニクス(フラジオレット)について考えてみましょう。
ギターの開放弦をポーンと弾くと、その弦はナットとブリッジを節(動かない場所)として振動します。
(グラフ左端がナット、右端がブリッジ)
ではここで、12フレット(弦の真ん中)に指を置いて弦を弾くとどうなるでしょうか。
12フレット(横軸351の辺り)に指を置いてピッキングした場合、基音(青)は指が邪魔となり振動できませんが、第2倍音(赤)は12フレットを節としているため、指が置かれていても発音に全く支障はありません。
つまり、ハーモニクスとは倍音を出す奏法だったのです。
以下同様の理屈で、第3倍音は出ない。第4倍音は出る……
(先程と同様に12フレットに指を置いてピッキングした場合、第3倍音(青)は指が邪魔となり振動できないが、第4倍音(赤)は支障はない)
普通に弾いたときよりも倍音が少なくなる……つまり純音に近くなるため、ハーモニクスの音は澄んだ感じに聞こえると言われています。
一般に、ハーモニクスが出しやすいのは12フレット・7フレット・5フレット・4フレット・3フレット辺りだと言われます。
これらは、弦長の2分の1、3分の1、4分の1……という位置になっています。
しかし、別に ◯分の”1” でなければいけないわけではありません。
例えば19フレットは 3分の”2” ですが、ちゃんと7フレット(3分の1)と同じ音が出ます。
(まぁ反対側から見れば3分の1になりますが…)
4フレット、9フレット、16フレット、それから(アコギだと)サウンドホールの真ん中辺りは5分の1、5分の2……になっており、全て同じ音が出ます。
つまり分数表記できる場所であればどこでもハーモニクスは出るので、理論上は弦上のほぼ全ての場所で出せるはずなのですが、あまり高次の倍音になるとそもそも振幅が小さくて聞こえない上に、ピッタリ節の部分だけに触れることが出来ないため、出すのが困難となります。
管楽器
弦楽器は、正弦波のグラフと弦の振動の様子がビジュアル的に似ているため、非常にイメージしやすい。
では管楽器はどうでしょうか。
管楽器の場合、イメージ的には楽器に息を吹き込むと、ボディ内の空気が下図のように振動し、それが音として知覚される、といった感じです。
(繰り返しますが「イメージ的には」です)
管楽器は開管・閉管という2つのタイプに分かれます。
トイレットペーパーの芯のように、筒の両端が開いているのが開管、コップのように片方が閉じているのが閉管です。
(両方閉じたら管楽器にならない)
開管の場合、筒の両端が必ず波の腹になります。つまり、基音のグラフは次のような形。
(横軸の値が0と700の辺りが筒の両端)
これに対する倍音は、次のようになります。
基音は「X」のような波形ですが、倍音は「XX」のようになっています。
つまり基音に対して波長が半分になっているので、これは第2倍音ですね。
次は閉管について考えてみましょう。
閉管は筒の片方が閉じているので、開いている側が必ず腹になり、閉じている側が必ず節になります。
つまり、基音のグラフは次のような形。
これに対する倍音は、次のようになります。
先程とあまり変わらないように見えますが、よく見てみましょう。
基音は「<」のような形でしたが、倍音は「<><」になっています。
つまり波長が3分の1になっているので、これは第3倍音ですね。
開管は第2・第3・第4…と、順番に倍音が発生するのですが、閉管は第3・第5・第7…と、奇数番目の倍音しか出ないのです。
よく見る管楽器の中で、閉管の代表はクラリネットです。
クラリネットは筒の片方を口で塞ぎ、もう片方は開いているため閉管となります。
基音に対して3倍・5倍の音を足すと、確かに何となくクラリネットっぽい音に聞こえますね。
ただし実際にスペクトルを見てみると、クラリネットも偶数倍音はそれなりに出ているし、そもそも同じ楽器でも出す音によって倍音成分はかなり変化します。
さて、大抵の管楽器は片方を口で塞ぐので全部閉管になりそうですが、ボディの構造に色々と工夫が施されており、構造上は閉管でも、倍音的には開管と同じような感じになるらしい。何でやねんw
この辺り、私も詳しくないのでよく分かりません……
今回の解説は以上です。