今日のテーマは通奏低音です。
名前だけを見ると、ドローンのような音を連想してしまいますね。
そのため通奏低音という言葉を「常に底流としてある考えや主張のたとえ」として使う人もいますが、これは誤用です。
通奏低音とは、低音部のパートを見ながら伴奏を即興で付けていくことです。(もしくは、その低音パートそのものを指すこともある)
1600年頃に成立し、18世紀後半には早くも廃れましたが、ジャンルによっては19世紀に入っても行われていたようです。
丁度バロック時代とカブっているので、バロック時代は「通奏低音の時代」と呼ばれることもあります。
クラシックは楽譜通りに演奏するイメージがありますが、通奏低音はなぜ即興なのでしょうか。
それは、当時は作曲者が演奏者を兼ねていたからです。
和音パート(チェンバロやオルガン等)は作曲者が自分で弾くので、細かい音符を書かなくても何を弾くべきか分かっていたのです。
ところで、なぜこんな紛らわしい名前なのかというと、イタリア語の「Basso Continuo」をそのまま和訳したからです。
ではなぜ「Basso Continuo」と言うのかというと、「低音部が曲中ずっと通して奏でられるため」らしい。
現代人の感覚からすると、低音がずっと演奏されるのは当たり前のことですが、簡単に言うと、バロックより前の音楽ではベースパートは重要視されていませんでした。
バロック時代に入り、現代のようにベースを重要視する音楽が誕生し、ベースパートは曲の土台として「曲中ずっと通して奏でられる」ようになりました。
よって、そのベースパートのことを「通奏低音」と呼び、おそらくそれが拡大解釈されて、即興で付けられた和音のことも通奏低音と呼ぶようになったのでしょう。
数字付き低音
前置きが長くなってしまいましたが、実際に見てみましょう。
低音パートに何やら数字が書かれますね。
いきなり「即興で和音を弾いてね!」と言われても困ってしまうので、和音を作る際の補助として数字が書かれます。これを「数字付き低音」と言います。
この音符と数字を見て、細かい部分は自分で考えながら演奏します。
現代の奏者がコードネームを見て即興で伴奏を弾くのと一緒ですね。
この数字は音程を表しています。
2と書いてあったら、音符に対して2度上の音を付け足すという意味です。
3と5が書いてあったら、3度上と5度上を足します。
(通常の伴奏と同様、本当はもっと高音部で和音を作りますが、スペースの都合上、ヘ音記号のみで説明します)
ただし、この数字はダイアトニックな音程で考えるので注意してください。
例えば、ハ長調のシ音に「5」という数字が書かれていた場合、一瞬「シの5度上はファ#だよな」と思ってしまいますよね。
しかし正解は「ハ長調上でのシの5度上」なので、ファのナチュラルです。
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3は書かない
ここで残念なお知らせがあります。
実は、数字付き低音では「3」という数字はよく省略されます。
よって「5」としか書かれていなくても、それは別にパワーコードを弾けという意味ではなく、3と5、つまりドミソとかレファラを弾くのです。
5も書かない
もう一つ残念なお知らせがあります。
実は「5」も省略されます。
よって何も書かれていなくても、別に単音を弾けという意味ではなく、3と5が両方省略されているので、やはりドミソとかレファラを弾きます。
つまり通奏低音は、基本的には低音パートに対して常に3度と5度の音を入れながら演奏するものなのです。
しかし入れてはいけない場合もあります。
例えば2や4という数字が書かれているときは、3度は入れません。
2と3、或いは3と4を同時に弾くと音が濁ってしまいますからね。
また、6という数字が書かれているときは、5度は入れません。
しかし、状況によっては3と4、或いは5と6を一緒に弾いてほしいときもあります。
そんなときはちゃんと両方書かれます。
或いは「Gsus4→G」のように、同じルートでコードが変わるときも省略せずに書かれます。
書いてくれないとずっとGsus4を弾き続けてしまいますからねw
ただし、例外として「2」と書かれている場合は4と6が省略されているので注意しましょう。
「2 4」の場合も6が省略されています。
#と♭
数字の横に臨時記号が書かれることもあります。
意味はそのままなので簡単です。#なら半音上げるだけ。♭なら半音下げるだけです。
しかし上譜例の右端のように、数字がなくて臨時記号だけが書かれる場合があります。
これは一体何でしょうか。
先程の話を思い出して下さい。数字付き低音では「3」という数字はよく省略されるのでしたね。
というわけで、この「#」は「#3」の省略形だったのです。
「3」なんて画数少ないんだから、ちゃんと書けっつーのw
ちなみに、臨時記号の位置は楽譜によって異なります。「#3」と書かれることもあるし、「3#」と書かれることもあります。
どちらが正式なのかよく分かりません。多分どちらでも良いのでしょう。
増音程・減音程
増音程を表すときは、数字の後ろに「+」のマークを書きます。
また、減音程を表すときには数字に斜線を付けます。
ただし、楽譜によっては数字の前に「+」を書くこともあります。
実はこれは増音程ではなく、ただの「この音は導音ですよ」という目印らしいです。
つまり、数字の前に「+」があったら、音程を変化させる必要は一切ありません。
数字がなくて「+」だけが書かれていたら、先程同様「+3」の省略形です。つまり「この3度の音は導音だよ!」という目印ですね。
また、減音程の斜線とは反対向きの斜線を書くこともあります。
この斜線は何と「#」を表します。紛らわしくて仕方ない。
最後にもう一つ。
横線が書かれていたら、「同じ和音がずっと続く」という意味です。
例えば下の譜例では、ドミソの和音がずっと続きます。
書き方が色々あって面倒ですね。
実は、これ以外にも様々な表記方法があって、とても紹介しきれません。最終的には前後の和音の流れから判断するしかないのです。
数字付き低音とは、結局のところは作曲者のカンペですから仕方ありませんね。
数字付き低音は当時から「地域や人によって書き方が違うから困る!」と言われていたらしいです。
通奏低音が割とすぐに廃れてしまったのは、ひょっとしてこの煩雑さが原因だったのかもw
リアライズ
しかし、これで数字付き低音の基本的な部分は大体マスターしましたね。
通奏低音で実際に和音を作っていく作業のことを「リアライズ」とか「リアリゼーション」と言います。
実際に、冒頭に登場した譜例をリアライズしてみましょう。(正解は後程)
ちなみに通奏低音とは即興で伴奏を付ける作業のことですから、本来は何を弾いても構いません。
実際、バッハなどは数字付き低音を見ながら即興で新たな旋律を次々生み出していたらしいです。
しかし現代ではそれほど大胆なアドリブは行われません。基本的には今まで見てきたように一音符一和音の形で進められます。
人によっては下譜例程度のことはやります。
また、低音が細かい動きをする場合はいちいち和音で弾いてしまうとクドイので、和音にせず弾いたり、多少音を省略したりするようです。
では正解発表です。じゃん!
できましたか?
今回は通奏低音について解説いたしました。
我々はコードを見て即興で演奏しますが、300年前の人も同じことをしていたなんて面白いですね。
300年後には新たな和音の表記方法が確立されて「20世紀・21世紀にはコードネームという変な表記方法が使われていた。人によって書き方が違うから困る!」なんて言われているかもw