今日のテーマは緊急地震速報です。
正確に言うと、緊急地震速報の発表時に流れる「あの音」についてです。
皆さん何度も耳にしているとは思いますが、とんでもないトラウマ曲ですよね。地震が来ることを知らせる音楽だから怖いのだ、と思う方もいるかもしれません。しかし、あれがプラスでもマイナスでもない出来事(例えば、単なる時報とか)を知らせる音楽であったとしても、或いはハッピーな出来事を知らせる音楽であったとしても、やはり不気味な感覚はあるはずです。
2つの和音を繰り返すだけの単純な曲ですが、その不気味さの秘密は何なのか、頑張って解説していこうと思います。
作曲者はなんと…
まず、この曲の作曲者は伊福部達(いふくべとおる)氏です。「伊福部」という名前を聞いてピンと来たそこの貴方! そう、あの伊福部昭先生の甥にあたる人物です。
…え、伊福部昭って誰だって?
いやいや、お客さん冗談言っちゃ困りますよ。日本…いや、世界的に有名なこの曲を作った大作曲家です。
マジか! ヽ(゚Д゚;)ノ゙
いや、なんかそう言われてみれば確かに緊急地震速報もゴジラ感あるというか何というか。(←ゴジラ感って何だよw)
と言うか、作った人も凄いですが依頼した人も凄いですよね。災害用のチャイムの作曲を誰に頼むか、という話になって「災害と言えばゴジラだろう。よし、伊福部さんに頼もう」なんて発想、普通は出てこないですよw
そのセンスというか度胸というか…。影のMVPだと思います。
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#9thのテンション
伊福部氏はこの曲を作るにあたって、以下のようなポイントを念頭に置いたそうです。
「注意を喚起させる曲であること」
「既存のいかなる警報音やチャイムとも異なること」
「極度に不快でも快適でもなく、あまり明るくも暗くもないこと」
など。
…なるほど。概ね納得できるのですが、一点だけ、「極度に不快でも快適でもなく」というのが気になりますね。だってあの音、超不快なんですけどwww
ではちょっと楽譜で見てみましょう。
楽譜が読めない方は、以下の図をご覧下さい。
最初の音を弾いたら、次は半音上(隣の鍵盤)に移動するだけです。「隣」とは、黒い鍵盤も含めて考えてくださいね。
さて、この2つの和音を繰り返すだけの非常にシンプルな曲です。しかしよく見ると気になる音がありますね。それぞれの和音の一番上にある、ミ♭とミです。
この和音をコードで表すと、基本的にはCとC#です。しかしミ♭とミの音は、それぞれのコードの#9thのテンションにあたります。メジャーコードの中にこの#9thのテンションを取り入れると、コード内には既にメジャーコードであることを表す長3度の音(Cで言うとミ)が存在しているにも関わらず、マイナーコードであることを表す短3度の音(Cで言うとミ♭)も加えることになってしまいます。
するとこのコードにはメジャーの音とマイナーの音が組み合わさることになり、まるで火と水が混在するかのような強烈な響きを生み出します。これがあの独特の和音の秘密です。
このように、隣接する鍵盤を同時に弾くわけですから、そりゃ不快な響きになるに決まっていますね。 ちょっと実際に聞いてみましょう。
和音が2つ流れます。最初の和音は普通のドミソ。次の和音は、ドミソにミ♭を加えたものです。やはり2番目の和音のほうが音の濁り具合が半端ないですね。
この2番目の和音をモジったものが、緊急地震速報の和音というわけです。
ちなみにブルースなどではこの#9thの和音は普通に使われます。ブルースの成り立ちの歴史やら、平均律やら純正律やら、理由を語れば長くなってしまいますが、まぁざっくり言ってしまえば「ブルースの魂の叫びを歌い上げるのに、この強烈な響きが調度良かった」ということです。
最低音をよく見ると…
この曲には実はもう一つポイントがあります。それは最低音です。
よく見ると、CとC#の和音であるにも関わらず最低音が変な音ですね。ソとソ#です。これはそれぞれのコードにおける第5音です。ということは、これらは第二転回形の和音であるということですね。
第二転回形の和音は、本来単独では存在することができません。第二転回形の和音の中に含まれる4度の音は不安定な性質を持つため、安定した3度の音に進みたがります。
よって第二転回形の和音は自動的に後続に3度堆積の基本形和音がくっつき、決して切り離すことはできません。これらは2つで1つの和音として存在し得るのです。
第二転回形の和音は、コードで言うとsus4の仲間です。
例えばGsus4は後続にGをくっつけることにより、「Gsus4→G」 という2つで1つの和音が出来上がります。理論的にはGsus4とはGのコードの特殊型であり、独立した和音ではありません。
緊急地震速報では、この第二転回形の和音を単独で登場させます。後続に3度堆積の基本形和音が登場することなく曲が進んでいくため、いつまでも不安定な状態が続きます。
すると聞き手は妙に落ち着かない気持ちになり、何らかの行動(避難など)を取らずにはいられなくなってしまうのです。
これも実際に聞いてみましょう。
先程譜例で説明した「ソドミ→ソシレ」の和音が流れています。
音楽の授業の「起立、礼」のようにも聞こえますね。(この2つの和音だけだと頭を上げることができませんがw)
では、これが「ソドミ」単独になったらどうなるでしょうか。
どうですか? 次の和音を期待してしまうのではないでしょうか。礼をしようと思って準備しているのに、いつまで経っても礼させてもらえないモヤモヤ感がありますね。
(それほどレベルの高い不協和音というわけではないので、もしかしたら全然気にならない猛者もいるかもしれませんが…)
このように第二転回形の和音を使うことによって、上手くモヤモヤ感、不安感を出しているのです。
ちなみに、第二転回形の和音についてはこちら「第二転回形の和音(sus4コード)」でも解説しています。
さて、緊急地震速報について色々見てまいりましたがいかがでしたでしょうか。やはりあの不快さには相応の秘密が隠れていましたね。
ただし、今度あの曲が聞こえてきても「あ、第二転回形の和音だな!」などと考えずに、早く逃げてくださいね。