今日のテーマはマルチトニックシステムです。
通常の曲はⅠの和音(トニック)が最も安定感があり、この和音を中心として曲が進行していきます。
CメジャーだとAmやEmなんかも一応トニック機能を持ちますが、Cに比べたら安定感は劣ります。
マルチトニックシステムとは、Ⅰの和音(とほぼ同等の中心感を持つ和音や調)を複数設定する作曲法のことを指します。
マルチトニックシステムにも色々あるので、順番に見ていきましょう。
2トニックシステム
まずは2個のバージョンです。
トニックの一つがCだとすると、もう一つのトニックはF#とすることが出来ます。
5度圏の丁度反対側ですね。
これはC以外でも同様です。
トニックの一つがGのときはもう一つはD♭になるし、一つがDのときはもう一つはA♭になるということです。
この考え方の根拠は、裏コードです。
つまり、G7というコードは通常Cに進行するものですが、裏コードの考え方を利用すればF#にも進行できます。
よって、CとF#はイコールであると考えられるのです。
ラヴェルの「水の戯れ」ではCコードとF#コードを交互に弾く場面があります。
(3分53秒頃から)
3トニックシステム
次は3トニックシステムです。
この場合、トニックの一つがCだとすると、あと2つはEとA♭です。
5度圏上で正三角形を作るような形ですね。
augコードの関係を考えると、これら3つのコードが仲間であることは容易に分かります。
あとは…まぁ単純にCメジャー上でEmとAmはトニックだから、その代理であるEとA♭もトニックである、と考えてもいいですね。
3トニックシステムを使った有名な例としては、やはりジョン・コルトレーンの「Giant Steps」です。(動画は一部分の抜粋)
物凄く複雑に見えますが、B・G・E♭の正三角形をグルグル回しているだけです。
とりあえず、一周分のコード進行を下に示しておきます。(転調を把握しやすくするために変なところで改行しています)
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コルトレーン・チェンジ
今ご覧いただいたような、5度圏上で正三角形の位置にある3つの調をグルグル行き来する作曲法のことを「コルトレーン・チェンジ」と言います。
「Coltrane changes」「Coltrane substitution」などと言われることもあります。
勿論ジョン・コルトレーンの名を冠しているわけですが、それ以前にもこれと似たようなコード進行を使った曲は存在していたようです。
マルチトニックシステムの中ではこの技法が最も有名で、コルトレーン・チェンジのことをマルチトニックシステムと言う人もいます。
なので、この辺はもう少し詳しく見ておきましょう。
先程申し上げたように、5度圏上で正三角形の位置にあるコード(例えばC・E・A♭)はお互い似ているので、これらをグルグル回すと、転調感を感じない…わけではないのですが、だんだん麻痺してきます。
ちなみにC・E・A♭の各コードの構成音を一つにまとめると、オーギュメント・スケールが出来上がります。
ジャズのアドリブソロなどでこのスケールを使った場合、それは自然と3トニックシステムやコルトレーン・チェンジを応用していることになるのです。
オーギュメント・スケールについて詳しく知りたい方はこちら「(作成中)」をご覧下さい。
コードを細分化することも出来ますが、それぞれの調内のコード進行は何でもいいわけではありません。
先程の「Giant Steps」のコード進行を見れば分かるように、普通は「Ⅴ→Ⅰ」とか「Ⅱ→Ⅴ→Ⅰ」とか「Ⅱ→Ⅴ」などのシンプルで短い進行にして、それらをグルグル回します。
一つの調にあまり長く留まったり、それぞれの調のコード進行が異なっていると、3つの調のパワーバランスが崩れるためでしょう。
また、ある調の進行の途中に、別の調をねじ込むことも可能です。
例えば「Dm→G7→C」の進行途中に「B7→E」をねじ込むと、「Dm→B7→E→G7→C」という進行になります。
これについては後ほど再度触れます。
4トニックシステム
次は4個です。
トニックの一つがCだとすると、あと3つはAとF#とE♭です。先程の2トニックシステムを包含していますね。
5度圏上では十字の位置関係ですね。
これは中心軸システムという理論に基づいています。中心軸システムについて詳しく知りたい方はこちら「中心軸システム」をご覧下さい。
C・A・F#・E♭の4つの調を利用した分かりやすい例としては、シマノフスキの弦楽四重奏曲第1番 第3楽章
13分39秒頃から、4つのパートがそれぞれC・A・F#・E♭で書かれています。
まぁこれはマルチトニックシステムと言うよりは複調(多調)ですが、それぞれのトニックがバランス良く配置されているという意味ではマルチトニックシステムだと思う。…多分w
先程のラヴェルの曲も、どちらかと言うとこっち側ですね。
余談ですが、シマノフスキの作品って「一つ一つのパートは単純だけど、それらが合わさると複雑になる」みたいな印象があります。
C・A・F#・E♭の各コードの構成音を一つにまとめると、今度はコンビネーション・オブ・ディミニッシュ・スケールが出来上がります。
アドリブでこのスケールを使った場合、それは自然と4トニックシステムを応用していることになります。
コンビネーション・オブ・ディミニッシュ・スケールについて詳しく知りたい方はこちら「dimスケール・コンディミスケール」をご覧下さい。
6トニックシステム
ここまで来ればお気づきだとは思いますが、12音を均等に分割するとマルチトニックシステムが出来るのです。
2・3・4の次は6ですね。
5度圏上で六芒星を描くような形です。もしくは、単純に5度圏や鍵盤を1個飛ばした形だと考えてもいいですね。
ちょっとバランスが悪いのですが、一応6トニックシステムを使った例としては、これもやはりジョン・コルトレーンの「Countdown」
実音は動画内譜面の2度下なのですが、見やすいのでこのまま行きましょうw
テーマ1回し分は以下のようになっています。
1行目がC・A♭・Eの3トニック。2行目がB♭・G♭・Dの3トニック。3行目はまたC・A♭・Eの3トニック。
今回は「Ⅱ」と「Ⅴ→Ⅰ」の間に他の2つの調が挟まった形になっていますね。例えば1行目だったらEメジャーの「Ⅱ」と「Ⅴ→Ⅰ」の間にC調とA♭調が挟まっています。
1行目と2行目だけを見れば、C・A♭・E・B♭・G♭・Dの均等な6トニックシステムになっています。
4行目のF7はB7の裏コードでしょう。
ここをB7にしてしまうと、頭のF#mに戻るときに違和感があったのかもしれません。
とは言え、B7よりマシではあるものの、違和感があるのはF7でも同じです。
なぜもっと自然な(F#mに戻りやすい)コード進行を採用しなかったのでしょうか。
それは、曲の最後がEコード(実音だとD)で終わるからです。
つまり、1行目はEメジャーの「Ⅱ」と「Ⅴ→Ⅰ」の間にC調とA♭調が挟まった形だと先程説明しましたが、さらに引いた目線で見ると、この曲全体が「F#m→F7→E」の各矢印部分に色々挟まった形だと考えられるのです。
F7とEの間には、コーダ部分が挟まります。
つまりこの「F#m→F7(B7)→E」という進行がこの曲の骨組みとなっているため、この3つのコードは変更するわけにはいかなかったのです。
先程少し触れましたが、コルトレーン・チェンジではこの「挟む」「ねじ込む」という考え方が実は重要。
おそらくコルトレーン本人が意識していたのは、転調そのものよりも、むしろこれではないかと思われます。
彼はあるインタビューの中で、「はまりそうもない場所に余計な進行をこじ入れてみたりもしたが、それこそが私がやり続けるべきことなんだ」と答えています。
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6トニックの和音のルートだけを集めると、ホールトーン・スケールが出来上がります。
ホールトーン・スケールについて詳しく知りたい方はこちら「ホールトーンスケールの使い方」をご覧下さい。
12トニックシステム
はい、最後はこれです。
確かに12は1で割り切れますが、全ての音がイコールだなんて、本当にそんなことが有り得るのでしょうか。
先程勉強したように、3トニックシステムではC・E・A♭の各コードがイコールでしたね。
ここに4トニックシステムを組み合わせてみましょう。
すると、CコードはA・F#・E♭と等しい。
EコードはG・D♭・B♭と等しい。
A♭コードはD・B・Fと等しい。
よって、C=A=F#=E♭=E=G=D♭=B♭=A♭=D=B=F となります。
このように、今までの考え方を踏襲すれば、12の和音や調が全てイコールであると考えることも(理論上は)可能なのです。
でもまぁCがトニックならば、やはりGはドミナントのイメージがあるし、Fはサブドミナントのイメージがある。
全ての音が等しいなんて、感覚的にはやはり変ですよね。
未来の音楽がどうなっているかは分かりませんが、少なくとも現代人にとってはちょっと早すぎる理論です。
さて、もう少し色々語りたいところではあるのですが、ちょっと長くなってしまったので続きは後編で。