雅楽 後編です。
前編「雅楽 前編」では雅楽の各楽器の紹介と、それらの役割について解説しました。後編ではキーや移調、あと多少補足説明をしようと思います。
雅楽の調子
雅楽には壱越調・平調・双調・黄鐘調・盤渉調・太食調という6つの調があります。ではここで各調子の音階の一覧を…と言いたいところですが、残念ながらそれはできません。
なぜかというと、雅楽では西洋音楽のように明確に音階が決まっているわけではないのです。
一応、西洋音楽で言うところの主音は存在します。
また、これらの5度上の音が属音となっています。このへんは西洋音楽と共通ですね。(ちなみに主音のことを「宮」、属音のことを「徴」と言うそうです)
そういう訳で、例えば雅楽の音階が次のように表されることがあるのですが、これを鵜呑みにしてはいけません。
…詳しくは後述しますが、まぁ決して間違っているわけではありません。しかしこのような西洋音楽的な音階の考え方に囚われてしまうと、雅楽の調子を正しく理解できなくなってしまいます。
では一体どのようにして調子が決まるのかと言うと、まず一つには終止形です。ミで終わったから平調、という具合で、これは西洋音楽と同じですね。
あともう一つは、それぞれの調子に特有の旋律型のようなものが存在するようです。
上は平調によく登場する旋律型ですが、雅楽の専門家はこれを聞いて「あ、この形は平調だな」と判断しているようなのです。
(ところで、先程の音階上には無い音が使われまくっていることにお気づきですか? だから先程のような音階を鵜呑みにしてはいけないのです)
旋律の形で調子を判定する、という時点で既に意味不明なのですが、さらにもう一つ、転調の仕方も調子の判断材料になるらしいです。
雅楽も西洋音楽同様、曲の途中で他の調に転調をするのですが、その際「どの調子に移ったか」とか「どういった変わり方をして元の調に帰ってきたか」とか、そういったことも調子を決める重要なファクターらしいのです。
例えば平調と太食調は同じミの音が主音ですが、これらをどう判別するかと言うと、やはりこの「転調の仕方」らしいのです。
何度も言いますが私は雅楽の専門家ではないので、申し訳ありませんがこのような曖昧な説明しか出来ません。皆さんチンプンカンプンだと思いますが、私もチンプンカンプンなのですw
スポンサーリンク
移調
では、ハッキリとした音階を持つわけではない雅楽の移調とは一体どうなっているのか。
西洋音楽の移調は極めて数学的な作業ですが(鍵盤いくつ分上げる、フレットいくつ分上げるなど)、雅楽の場合は勿論そのように上下させるだけではありません。先述のように「各調固有の旋律型や転調の仕方」があるので、基本は元の調を踏襲しつつも、新しい調固有の旋律型に直す、という作業が行われることになります。
上の譜例は越天楽の様々なバージョンですが、確かに何となく似てはいるものの、細かい部分はそれぞれ全く違いますね。
ちょっと2小節目から3小節目にかけて注目して頂きたいのですが、上の2つの調は「シ→ミ」「ミ→ラ」と上がっているのに対し、盤渉調では「ファ#→シ」と下がっています。これはなぜでしょうか。
前編でチラッと触れましたが、これは篳篥の音域が狭いためです。
篳篥では高いシの音を出すことができないため、1オクターブ下げて出すしかないのです。1小節目も、黄鐘調をそのまま2度上にあげるならば「ソーシソ」というメロディになるはずですが、シが出ないため「ソーラソ」になっているのではないでしょうか。
この複雑なルールのためかどうかは分かりませんが、雅楽ではある曲を他の全ての調に移調できるわけではありません。例えば先程紹介したように、越天楽には平調・黄鐘調・盤渉調の3つのパターンがありますが、それ以外(壱越調・双調・太食調)のバージョンは存在しません。(おそらく呂律の関係などもあるのでしょうが、私もそこまでは分かりません)
すれる
では最後にこの奏法について軽く説明して終わりにしましょう。
前編でも触れましたが、雅楽では篳篥が奏でる主旋律の音と、他の楽器の音を敢えて外す場合があります。それを専門用語で「すれる」と言うらしいです。
なぜそんなことが起こるかと言うと、一番大きな理由としては、雅楽では2種類の音階が同時に使われているからなのです。
譜例1は笙・筝・琵琶の和音楽器、譜例2は篳篥・龍笛でよく使われる音階です。キーは平調。(ただし何度も言いますが、これを鵜呑みにしてはいけません。これ以外の音が使われる場面も多々あります)
異なる2つの音階が同時に使われるため、例えばファやドを奏でるときに「すれ」が生じます。つまり、篳篥がファの音を吹いているときに、笙はファ#をルートとする和音を吹いているということです。(勿論、それ以外の音でもすれることはありますよ)
(笙の音は記譜よりオクターブ上)
しかしなぜ音階が2種類も存在するのか。
大昔、雅楽の元となった音楽が中国からやって来たときは譜例1の音階のみが使われていました。しかし、日本土着の歌が譜例2に近かったのか、それとも日本人には譜例2が歌いやすかったのか、とにかく長い年月と共に、いつの間にかメロディ楽器は譜例2を演奏するようになってしまったのです。
普通ならば、そのまま和音楽器も譜例2に移行するはずですが、なぜかそれは起こりませんでした。和音楽器は相変わらず譜例1を演奏し続け、それによって「すれる」という現象が生まれたのです。このファとファ#の強烈な不協和音が日本人のワビサビの心を刺激したのでしょうか…。
さて、これで雅楽の解説は終わりです。西洋音楽にドップリ浸かってしまった我々には考えられないことばかりで、もはや異国の音楽のようでしたね。
しかし、本来はこういった音楽が我々日本人のホームグラウンドであるはずです。ドビュッシーが雅楽をヒントに印象派という新しいスタイルを確立したように、我々も雅楽を研究することで新しい音楽が作れるかもしれませんよ。