次に紹介する和音は「増六の和音」です。
これはドッペル・ドミナントの一種で、ドッペル・ドミナントの第5音を半音下げることによって作られます。
つまりキーがCのときのD7ですね。D7のラの音を半音下げた形なのですが、そのままではファ♯とラ♭がぶつかって凄い響きになってしまうので、ラ♭をルートに持ってきて第二転回の形で使用されます。
ラ♭とファ♯、この2つの音が特徴的な和音なので、この2音の音程から「増六の和音」と呼ばれます。
増六の和音には色々と細かいバリエーションがありまして、まず普通にD7の第5音が半音下がった形をフランスの増六、そこからレの音を省略した形をイタリアの増六、そこからさらに♭9の音をくっつけた形をドイツの増六と言うらしいです。
国名に特に意味はないらしいので、覚える必要はありません。「イタリア」とか「ドイツ」という国が当時存在していたのか? という話になりますしね。
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さて、半音下がった第5音は限定進行で短2度下行するのですが、ここで一つ困ったことが起きます。
ドイツの増六(♭9のやつ)をドミナントに進行させようとすると、第5音と第9音がともに限定進行音のため連続5度が出来てしまいます。
しかし両方とも限定進行音なのだから、これはもうどうしようもない。もし限定進行を無視して他の音に行かれでもしたら、そっちのほうが迷惑です。よって、この連続5度はテノールとバスで生じる場合のみ黙認しましょう、ということになっています。
この緊急避難的進行はモーツァルトがよく使ったらしいので「モーツァルト5度」と呼ばれています。
では最後に、裏コードとの関係について説明して終わりにしたいと思います。
裏コードとはポピュラー音楽の用語で、あるセブンスコードと同じトライトーンを持つもう一つのセブンスコードのことを指します。
…え、何言ってるか分からない?
つまりG7というコードがあったとき、それと同じトライトーン(ファとシ)を持つC♯7のコードのことを、G7に対する裏コードと呼ぶのです。使い方としては、G7と同じドミナントの機能を持っているのでCに進行させることが出来ます。
増六の和音は、先程の譜例の構成音を見てみるとA♭7のコードそっくりですね。ドイツの増六なんてもろ一緒です。ということは、D7と同じトライトーンを持ち、かつA♭7→Gという半音下行をするドミナントであるとも言えるので、裏コードの正体は増六の和音であると考えることもできます。
ただし完全にイコールではありません。
古典和声的には、増六の和音はあくまでドッペル・ドミナントなので、次に来るのはドミナントです。つまりC♯7のコードがあった場合、ドミナントのCに進行して、そこからFか何かに行くなら構いませんが、トニックのCに進行するのはアウトだということです。
世間では、裏コードの正体はナポリだという説が多数派のようです。
ただこちらも色々と問題があって、完全にイコールであるとはとても言えません。詳しくはこちらをご覧下さい。
というわけで裏コードとは、強いて言えば増六の和音に近いけど、完全に一致するルーツは古典和声の中には見つけられないという不思議な和音なのです。ポップスでよく使われる和音の中では唯一ではないでしょうか。
裏コードは、その正体も「裏」に隠されているのかもしれません。