音楽理論 ざっくり解説

音楽理論をざっくり解説します。最低限のポイントだけ知りたい方へ

広野を行く(ドラクエ)

スポンサーリンク

今回解説する曲は、ドラクエ1のフィールド曲「広野を行く」です。個人的には「荒野」のほうがカッコイイと思うのですが、一般的な読み方ではないためか「広野」という字が使われています。

www.youtube.com

 

寂しい感じのする曲ですね。作曲したすぎやまこういち氏によると、一人で旅立つ勇者の不安を表現したそうです。

ドラクエファンにとっては常識エピソードですが、チュンソフトの社長である中村光一氏はもっと勇ましい曲をイメージしていたため、一度は「こんな寂しい曲じゃちょっと…」とボツになりかけました。しかし試しに曲を入れてみたところ、スタッフがテストプレイをしながら「ルールールー」と鼻歌を歌っているのを聞いて「これはいける!」と思ったそうです。

スポンサーリンク
 

 

グラタンではなく…

この曲は「ドリア旋法」という音階が使われていると言われています。

f:id:mie238f:20180830172135j:plain

譜例1の音階がドリア旋法です。短調の音階(譜例2)と非常に似ていますが、ちょっと違いますね。

ドリア旋法とは教会旋法の一種です。教会旋法とは中世ヨーロッパで用いられた音階で、16世紀か17世紀の頭ぐらいまでは、現代の長調・短調よりもむしろこちらが主流でした。

当ブログではお馴染みの曲となっておりますが、15世紀に活躍した作曲家デュファイの曲を聞いてみましょう。

www.youtube.com

 

う~む、やはり現代の長調・短調とは違う不思議な感じがしますね。

勇者は不安や寂しさを感じてはいるものの、別に悲しんでいるわけではありません。短調では悲しい感じが強く出てしまうので、それを避けるために、短調とは似ているけどちょっと違うドリア旋法を選んだのでしょう。

 

シはナチュラル

では実際に楽譜を見てみましょう。簡略化のために、伴奏部分はコードで書いてしまいます。

f:id:mie238f:20180830172350j:plain

ファミコン版ではこの8小節をループするだけです。シンプルな曲ですね。

先程説明したように、この曲はドリア旋法が使われていると言われています。通常の短調ならばシはフラットになるはずなのですが、ドリア旋法の場合、シはナチュラルです。赤線部が、シがナチュラルで登場する部分です。

 

ん…? あまり多くない?

 

そうなのです。実はこの曲、シがナチュラルとして使われている部分はそれほど多くありません。試しに数えてみましたが、この曲はシの音が全部で14個使われているのですが、その内ナチュラルで使われているのはなんと8個! かろうじて半分よりは多いな~という程度です。

 

ガチドリア

「え、じゃあドリア旋法を使っているとは言えないんじゃないの?」

 

う~ん、否定も肯定もしづらいですね。確かにガチのドリア旋法ではありません。ガチドリアにしてしまうと、あまりにも現代の曲とは異なるので浮いてしまいます。よってかなり短音階寄り(ポップ寄り)に作られているのも事実。

 

ではここで「広野を行く」の中世っぽい部分と、中世っぽくない部分を挙げてみましょう。

 

中世っぽい!

シが常にナチュラルになっていなければ、それは即ちドリア旋法とは言えない! …のかと言うと、そうでもありません。

実は本物のドリア旋法の曲も、その時に応じてシをフラットにしたりナチュラルにしたり、上手く使い分けています。先程紹介したデュファイの曲も、1分30秒あたりで低音パートにシ♭が登場します。

モードジャズなんかは「この音階を使うぞ!」というコンセプトから出発しているので、旋法から外れた音が使われることはあまりないのですが、中世ヨーロッパの人は別にそのようなこだわりは持っていないので、シ♭も普通に出現します。

 

あとは3小節目に登場するAm/Eなんかも中世っぽいと言えば中世っぽいですね。

現代ではこういった第2転回形の和音を単独で使うのは御法度なのですが、中世ヨーロッパではまだそのような規制が緩かったのか、それとも回避法が確立されていなかったのか…。とにかく、このような和音も普通に登場します。

 

中世っぽくない!

では反対に、中世ヨーロッパの曲っぽくない点も挙げてみましょう。まず全体的に言えることなのですが、この曲は「メロディ+和音」のような形で作られています。

f:id:mie238f:20180830172556j:plain

これの何がいけないのかと言うと、本物の中世ヨーロッパの曲は対位法を中心として作曲されていたため、このように和音がドーンと居座ることはないのです。

なかなか文章だけで説明するのは難しいのですが、中世ではまだコード進行という概念が緩かったので、現代で言う「和音」は「メロディに対するハモリ」程度の認識でしかありませんでした。

現代の曲のように、1小節に1~2個の和音を置いて、それを元に曲が進んでいくわけではありません。

 

ちなみにコード進行という概念が無かったわけではないのですが、現代では考えられないトンデモナイ進行をします。

f:id:mie238f:20180830172756j:plain

どうやら「導音から主音に行くと曲が終わった感じがする」という概念はあったようなのですが、なぜか5度の音も「ファ#→ソ」と半音進行させてしまいます(譜例3)。これを「二重導音」と言うのですが、当時の人にはこれが気持ちよかったようです。

先程のデュファイの曲では譜例4のような形が終止として使われています。これならまだ理解できなくはないですね。このドを#にすると、譜例3を2度上に移調した形になります。

譜例3も譜例4も曲中で実際に使われていますから、勉強熱心な方は探してみましょう。

 

まとめ

さて、「広野を行く」について解説しましたが、いかがでしたでしょうか。ドリア旋法を用いながらも、現代人にも違和感なく聞けるように上手くバランスを取って書かれていることがよく分かりましたね。

 

ちなみにドラクエ3では「広野を行く」が「アレフガルドにて」というタイトルで登場しますが、伴奏部分が3連符になっただけで、特に違いはありません。和音もほぼ一緒です。