音楽理論 ざっくり解説

音楽理論をざっくり解説します。最低限のポイントだけ知りたい方へ

バッハの生活

スポンサーリンク

クラシック音楽、いや、音楽の歴史上最も偉大な人物がバッハではないでしょうか。ベートーベンとちょっと迷うところですが、少なくとも2トップの1人であることは間違いない。

そんなバッハですが、生前はどんな評価だったのか。

きっと音楽でガッポリ稼いで、現代で例えると高級外車を乗り回して、タワーマンションに住んで、連日テレビに出て「今度の新曲ヨロシク!」とか言って、ファンの女の子達がキャーキャー騒いで、スーパースターだったのではないか。

芸名はきっと「バロック小川」通称「世界のオガワ」

そう思う方もいることでしょう。(…俺だけかな?)

 

では実際はどうだったのか。今日はそのへんを見ていきましょう。

 

まず結論から言うと、スーパースターではありません。全然。

まぁ晩年には王様と楽しく音楽をやっていたりするので、知名度はそれなりにはあったのでしょうが、一般市民はほとんどバッハのことなんて知らなかったであろうと思われます。

 

給料はそれなりに貰っていたようです。若い頃はやっと生活ができる程度ですが、後半はなかなかだったようです。現代の価値にすると何円なのかがよく分からないので何とも言えませんが、上から数えて何番目かの高給取りだったとの話もあります。

しかし、自分の給料から楽団員達にさらに給料を払っていたりしたらしいので、手元にはそれほど残らなかったようです。

 

ちなみに何の仕事で給料を貰っていたか。

作曲と演奏に決まってんじゃん。

 

いえいえ、そりゃそうですけど、この時代は当然CDなんてありませんから、印税生活というわけにはいきません。楽譜を出版して稼ぐスタイルが確立されたのはもう少し後の時代。コンサートという文化もないわけではないのですが、バッハはおそらくやってない。

じゃあどうやって生活すんの? 音楽は趣味で本業はバイト?

 

実は、スポンサーがいたわけです。(正確に言うとパトロンですね)

この時代、王様や貴族がパトロンとなって芸術家の生活を支えていました。お抱えミュージシャンだったわけですね。

バッハの場合は王様や貴族から給料を貰いながら、日曜日に教会の礼拝で歌う曲を一生懸命作ります。なんと毎週新曲です! 一応言っておきますが作曲に一週間もかけてられないですよ。練習の時間が必要ですから。

そんなに作ってどうするの? と思うかもしれませんが、この時代、音楽とは単なるBGMみたいな扱いなので、別に残そうと思って書いていません。使い捨てです。

バッハの少し後に活躍したハイドンという作曲家も104曲の交響曲を残していますが、何でそんなに書いたかと言えば使い捨てだったからです。早死のモーツァルトでさえ41曲の交響曲を書いてますから。

 

話を戻しましょう。

 

また、先程書いたように、晩年には王様との付き合いもあり、フリードリヒ大王という人が「バッハ君、私はこんなメロディを考えたんだが、ちょっと君アレンジしてくれたまえ」とか言って、バッハが実際に即興でアレンジして披露しちゃうという、ルネッサ~ンス!な遊びもやっています。いや遊びじゃなくて仕事の一環なんですが…。

 

そんなバッハですが、生前それほどスーパースターだったわけでもない上に、後世に残そうと思わずに曲を書いていますから、当然彼の死後はその存在は忘れられていきます。

現代のように再評価されるきっかけを作ったのは、メンデルスゾーンです。

カッコイイ名前ですね。必殺技の名前みたいです。

このメンデルスゾーン、すごい天才なんですよ。いや、音楽で天才なのは当たり前。彼は音楽以外にもなんと数カ国後を操ったとか、絵の才能もあったとか、もう信じられないマルチぶりを発揮するわけです。まさに「奥義 メンデルスゾーン!」って感じですね。

その奥義メンデルスゾーンが、偶然手に入れたバッハの楽譜を見て「なんじゃこの超名曲は!!!!」と驚き、自分でコンサートを開いてバッハの曲を演奏したのです。

バッハは後輩のメンデルスゾーンに足を向けて寝れないですね。

 

天才バッハの人生をざっくり見てまいりましたが、いかがでしたでしょうか。

死後評価されるって、芸術家として物凄くカッコイイと思いませんか?

…でも、もしかしたらバッハは生きてるうちにスターになりたかっただろうなぁ。